2026年6月2日火曜日

句会新時代

 「俳句四季」6月号をお読みになった方は、『句会拝見』の欄に笹子句会が紹介されているのをご覧になったと思います。。加古川市の笹子句会は私の「新快速構想」の第1号句会であり、その後姫路市に白鷺句会、明石市に朝霧句会が誕生し、そして今月神戸市に四番目の青葉句会が発足します。

この四つの句会はどれも、誰でも参加できるという柔軟性を持っており、上級者の胸を借りたいと思う人も自由に参加できます。気に入ったらそのまま入会されたら良いでしょう。先日も姫路の白鷺句会に、紀南の田辺と白浜からお二人が一泊泊まりで稽古に来られ、感動して帰られました。実力を磨きたいと思われる方は是非この制度を利用して、チャレンジして下さい。

その笹子句会で、6月1日に創設5周年の祝賀会が催され、来賓としてお招きいただきました。全ての皆さんのご挨拶をお聞きして、この会を作って本当に良かったと、しみじみ感じました。更に実力を向上させるために笹子句会で独自の吟行会を設けたらどうかとか、九年母賞に加えて九年母大賞を設けたらどうかとか、前向きなご意見もお聞きしました。笹子句会の5年間で培ってきた経験を新しい句会でも生かしていきたいと思っています。

2026年5月5日火曜日

快挙

  5月1日、随想のテーマを考えていたところに、俳句雑誌「俳句四季」の上野編集長から電話が入りました。「おめでとうございます。九年母の長谷川美幸さんが俳句四季全国俳句大会で優秀賞を獲得されました。」

 令和3年の田中順子さん、5年の稲谷有記さんに続く快挙です。伝統俳句協会の花鳥諷詠賞を獲得された片岡橙更副主宰と岩水ひとみさんを加えると、この6年間で5名の方が、俳句界を代表する賞を受賞されたことになります。

 九年母俳句が世に認められるようになって来たのです。播水以来、九年母の俳句は「大人しく地味」と言われて来ましたが、平明余情・客観写生だけではなく、季題の働きに重きを置く花鳥諷詠の理念が浸透するに従って、全国の俳句愛好家に認知されるようになって来たのでしょう。全国大会での入賞者の増加が、そのことを物語っています。

 九年母の俳句に自信を持ちましょう。来年も再来年も挑戦を続けましょう。皆様の御活躍を期待しています。

2026年3月3日火曜日

月並俳諧の復活を憂う

 虚子の高弟に赤星水竹居という人が居られました。三菱地所の社長を務められた方で、虚子の高弟として、また俳誌「ホトトギス」の事務所の家主として、様々な面で虚子を支援された方です。その水竹居氏が自著『虚子俳話録』に、昭和10年12月17日のこととして記録しておられます。。

某曰く。先生、百年の後には我々の俳句はいったいどうなっているでしょうか。

先生曰く。再びもとの月並に返りますね。

虚子のこの発言が有ってから今年で91年目。100年目が近づいてきています。汀子先生亡き後、俳句界では、虚子が提唱された「花鳥諷詠」という作句理念が、ややもすると軽んじられる傾向が出てきているように思います。頭の中で、知識を基に作った句が増えて来ているように思われます。

今年の「俳句四季・全国俳句大会』に応募した句を見てみますと、AIというアルファベットを使った句や文語体と口語体とが混在した句など、俳句の基礎すら出来ていないような句が散見されました。このような状況を見ていると、虚子がいみじくも看破されたような状況が近付いてきているような恐ろしさを感じるのです。

時事をテーマにしたものや頓智を効かせただけのものなど、およそ詩とは思われない句が有りました。 いよいよ虚子の予言が的中する時代が来るかもしれません。しかし、「九年母」は虚子の作句理念をしっかり守り、月並に堕することの無いように研鑽を続けて行きたいと思っています。      

2026年2月11日水曜日

総務会の創設

 主宰の諮問機関として総務会なる組織を創設することにしました。構成員は、運営委員会から主宰と副主宰、同人会から会長と副会長、編集部から編集長と副編集長の6名。会の諸問題について、運営委員会に提出する議題を具体的に練り上げるのが目的です。3か月ごとに開催される運営委員会では委員の数も多く、時間を掛けて審議するのが難しいからです。総務会である程度練り上げた議題を運営委員会で審議して頂くことにしたいと思います。先ず、平成13年から改善されていない編集部員などへの諸手当の見直しや、九年母誌の担当者の見直しなどを3月22日の運営委員会に向けて進めていきます。

汀子先生亡き後、廣太郎先生が昨年の大阪での伝統俳句協会関西支部大会で言われたように、俳句関係三協会の垣根が曖昧になって来ています。この問題につきましても、九年母会としてどうあるべきか、その立ち位置を見失わないために、「参謀」の皆さんとしっかり対応策を検討して行きたいと思っています。ご期待ください。

2026年1月4日日曜日

年頭に当たって

 創刊100周年を祝ったのは、もう一昨年の事になりました。昨年の前半はその余波で講演会や原稿執筆など忙しい日が続きましたが、後半は比較的平穏な日々が続き、新しい方の勧誘に時間を割くことが出来ました。今年はこれと言った大きなイベントはありません。逆に言うと、会の勢力を伸ばすチャンスであります。この人はと思った方にどんどん声を掛けて会員を増やしましょう。特に、当会の盤石の基盤である播磨、丹波、但馬、淡路の各国にお住いの皆さんは声掛けを徹底してください。関東八州や摂津、紀、因幡、近江やその他の国の皆様もお願いします。立っている物ならば案山子でも郵便ポストにでも、九年母への勧誘をお願いします。

一人の人が一人獲得できれば会員数は倍になります。先日お世話になった病院の看護師さん、年末の挨拶に来られた県警本部の婦警さん、どちらも若い方ですが松山のご出身で、子供の頃から俳句に興味があったと話しておられました。案外俳句に興味をお持ちの方は多いものです。プレバトの番組の話などから俳句に誘導する方法も効果的です。様々な方法で勧誘してみましょう。

今年は会員増強に目標を絞って頑張りたいと思います。会員の皆様の御協力をお願いします。

2025年12月5日金曜日

喪中葉書を戴いて

 11月の下旬ごろから例年の如く喪中はがきが届き始めました。私たちの親の世代のほとんどが亡くなられたこともあってか、ここ暫くは少ない年が続いたのですが、今年あたりから配偶者や兄弟姉妹亡くなられたという葉書が増えて来ています。年齢的に当然と言えばそれまでなのですが、当事者にとっては悲しく淋しいことです。

中にはお子達を亡くされた方も居られ、痛ましい限りです。逆縁ほど悲しいものは無いと思います。親や配偶者との離別も勿論悲痛なものですが、一緒に築き上げて来た充実した思い出があり、やがて納得できる日が訪れ、時間が癒してくれるでしょう。しかし愛情と期待を込めて育て上げた子供を失うことは、子育てに費やしたそれまでの人生が思い出に変わるだけでなく、自分の将来が無くなるに等しいことだと思います。

今年一年間に愛しい方を亡くされたすべての皆さんに、心からお悔やみを申し上げますとともに、御心に平安が訪れますように、こころよりお祈り申し上げます

2025年11月1日土曜日

吟行の効用

 私は昭和59年から平成8年まで、当時九年母同人で西宮俳句協会会長であった古澤碧水師が指導されていた碧桜会にて、平成9年から平成18年までは「九年母」西田浩洋元編集長が指導されていた初凪句会で俳句を学びました。その学びは兼題での作句ではなく、毎月一回の吟行でした。私の俳句人生40年の内の前半分の20年間は吟行だけの勉強だったのです。会の仲間と毎月出かけました。そして季語の現物をしっかり観察して、その季語の持つ本意を頭に叩き込みました。その時代の勉強が今になって大いに役に立っていると思います。

芭蕉翁は「奥の細道」だけでも約600里、約2400キロメートルを150日掛けて歩かれたのです。凡庸な私にはこんな真似はとてもできませんが、俳句は足で詠むとも言います。同行の皆さんに迷惑を掛けないことを前提に、本部吟行と千鳥吟行の毎月2回の吟行だけは欠かさず続けようと思っています。