2026年1月4日日曜日

年頭に当たって

 創刊100周年を祝ったのは、もう一昨年の事になりました。昨年の前半はその余波で講演会や原稿執筆など忙しい日が続きましたが、後半は比較的平穏な日々が続き、新しい方の勧誘に時間を割くことが出来ました。今年はこれと言った大きなイベントはありません。逆に言うと、会の勢力を伸ばすチャンスであります。この人はと思った方にどんどん声を掛けて会員を増やしましょう。特に、当会の盤石の基盤である播磨、丹波、但馬、淡路の各国にお住いの皆さんは声掛けを徹底してください。関東八州や摂津、紀、因幡、近江やその他の国の皆様もお願いします。立っている物ならば案山子でも郵便ポストにでも、九年母への勧誘をお願いします。

一人の人が一人獲得できれば会員数は倍になります。先日お世話になった病院の看護師さん、年末の挨拶に来られた県警本部の婦警さん、どちらも若い方ですが松山のご出身で、子供の頃から俳句に興味があったと話しておられました。案外俳句に興味をお持ちの方は多いものです。プレバトの番組の話などから俳句に誘導する方法も効果的です。様々な方法で勧誘してみましょう。

今年は会員増強に目標を絞って頑張りたいと思います。会員の皆様の御協力をお願いします。

2025年12月5日金曜日

喪中葉書を戴いて

 11月の下旬ごろから例年の如く喪中はがきが届き始めました。私たちの親の世代のほとんどが亡くなられたこともあってか、ここ暫くは少ない年が続いたのですが、今年あたりから配偶者や兄弟姉妹亡くなられたという葉書が増えて来ています。年齢的に当然と言えばそれまでなのですが、当事者にとっては悲しく淋しいことです。

中にはお子達を亡くされた方も居られ、痛ましい限りです。逆縁ほど悲しいものは無いと思います。親や配偶者との離別も勿論悲痛なものですが、一緒に築き上げて来た充実した思い出があり、やがて納得できる日が訪れ、時間が癒してくれるでしょう。しかし愛情と期待を込めて育て上げた子供を失うことは、子育てに費やしたそれまでの人生が思い出に変わるだけでなく、自分の将来が無くなるに等しいことだと思います。

今年一年間に愛しい方を亡くされたすべての皆さんに、心からお悔やみを申し上げますとともに、御心に平安が訪れますように、こころよりお祈り申し上げます

2025年11月1日土曜日

吟行の効用

 私は昭和59年から平成8年まで、当時九年母同人で西宮俳句協会会長であった古澤碧水師が指導されていた碧桜会にて、平成9年から平成18年までは「九年母」西田浩洋元編集長が指導されていた初凪句会で俳句を学びました。その学びは兼題での作句ではなく、毎月一回の吟行でした。私の俳句人生40年の内の前半分の20年間は吟行だけの勉強だったのです。会の仲間と毎月出かけました。そして季語の現物をしっかり観察して、その季語の持つ本意を頭に叩き込みました。その時代の勉強が今になって大いに役に立っていると思います。

芭蕉翁は「奥の細道」だけでも約600里、約2400キロメートルを150日掛けて歩かれたのです。凡庸な私にはこんな真似はとてもできませんが、俳句は足で詠むとも言います。同行の皆さんに迷惑を掛けないことを前提に、本部吟行と千鳥吟行の毎月2回の吟行だけは欠かさず続けようと思っています。

2025年10月5日日曜日

俳句の秋

 10月に入ると各地から俳句大会の選者の依頼や応募句の選の依頼が相次いで送られて来ます。田辺秋季俳句大会や西播磨俳句大会の選は終了し、目下明石市高年クラブ連合会俳句会の投句の選の最中です。高野八葉全国俳句大会や住吉大社観月祭献詠句の結果発表の原稿も準備できました。10月18日はたつの市新宮町で西播磨俳句大会が、11月8~9日は大阪で関西ホトトギス俳句大会が開催されます。まさに文化の秋、芸術の秋、俳句の秋です。それにつけても恒例だった摩耶山俳句大会が終了したことは返す返すも残念な事です。間もなく虚舟師の一周忌を迎えます。

各地の俳句大会での当会会員の活躍の様子が聞こえて来ます。近年、当会会員の積極的な姿勢が目立ってきました。西播磨俳句大会の応募句では、入賞・入選29句の内13句を当会会員の句が占め、住吉大社観月祭献詠句でも、入賞・入選13句の内6句が当会会員の句でした。

主宰の就任あいさつで申し上げたように、様々な形で褒められて欲しい。褒められると精神的に前向きの循環が生まれます。もっと褒められたいという気持ちが湧くのです。その繰り返しが句の上達をもたらします。そのためには積極的に投句することが何よりも大切なことです。「求めよ さらば与えられん」とは新約聖書の「マタイ伝」に由来する言葉です。奮ってチャレンジしましょう。

2025年9月1日月曜日

多作の勧め

 作者によっては毎日何十句という俳句を詠む人もあれば、雑詠選に出すため月に5句詠むのが慣わしのようになっている人もあります。人は様々で、どちらが良いというものではありません。しかしこれはベテランの域に達した人のことであって、その域に達していない人は、多作を心得るべきだと思います。

駄句でもなんでも良いのです。とにかく5・7・5の形に言葉を配して季題を置く事を、普段から心掛けましょう。散歩する時も、食事をする時も、家事をする時も、いつも俳句のことを考えていて、とにかく何でもよいから5・7・5にしてみましょう。俳句のリズムを心に浮かべることです。朝顔があったら詠む。蝉が鳴けば詠む。何かに感動したら詠んでみましょう。すべて訓練です。

この様な訓練を積んでいると、自然に俳句が浮かんでくるようになります。句材を発見する訓練が効果を発揮しだしたのです。たくさん詠んで、その中から気に入った句を句会に出せばよいのです。とにかくたくさん詠むことをです。そうすれば良い句も詠めてきます。

私はその昔、伝統俳句協会賞の応募句を得るために、三日間神戸港に通って、毎日50句詠む行に取り組んだことがありました。俳誌「未央」の主宰をされた吉年虹二先生が今宮戎神社の初戎献詠俳句祭の表彰式の際、「君は月に何句詠むかね」と質問されました。私が主宰になる遥か前のことです。私は「毎日5句ぐらいですから150句ぐらいです」とお応えしたら先生は、「私は毎月900句は読んでいるよ」と仰いました。さすがに偉い先生は違うと感心したことがありました。皆さん、たくさん詠みましょう。

2025年8月4日月曜日

『摩耶山之俳句』(摩耶山俳句大会30年の記録)の刊行

 当会同人で推薦作家であった摩耶山天上寺の前貫主 伊藤浄厳大和尚(俳号 虚舟)が生前に企画され準備を進めておられた冊子『摩耶山之俳句』が、御令嬢の玲子さんのご努力でこの度上梓された。平成3年の第1回から令和4年の30回までの、全入賞・入選句を網羅した記録に選者や清記者の随筆が添えられた、196頁に及ぶ冊子である。

その冊子を無料で配布されることになった。私が選者として出席している句会では希望者を募り、お寺に必要な数をお願いして送って頂いた。早速、本日の笹子句会には20冊を持参し、お配りした。引き続き依頼を頂いた句会に持参する予定である。九年母8月号に配布の要領が掲載されているので、注文していない方はご覧頂きたい。

そもそも摩耶山俳句大会は、高野山俳句大会が閉会になったのを惜しんだ虚舟さんが、播水先生や汀子先生と相談され摩耶山に移されたもの。播水・汀子両先生が選者とあって、九年母会からもたくさんの方が参加され、目覚ましい活躍をされた。その後、関西一円の結社の主宰方が選者に加わられ、関西を代表する俳句大会へと発展、毎回百数十名が参加する大会へと発展を遂げた。私も第7回から参加し、第22回から選者に加えて頂いた。また、岩水ひとみさんは当初から清記係を務められた。

毎回、会が始まるのに先立って、九年母主宰が選者の先生方を紹介をするのが恒例だった。選者の控室が設えてあり、コの字型に並んだ正面のテーブルに汀子先生と千原叡子さん、右と左のテーブルには各選者が居並んで情報交換をするのが常だった。関西の新任の主宰や副主宰のデビューの場でもあった。

これらの記録は、毎回天上寺で纏められ、毎年「九年母」の1月号に掲載されて来たものである。虚舟さんのライフワークの集大成としてのこの冊子を是非お読みいただきたい。併せて九年母会の先輩方のご努力を再認識して頂ければと思う。

2025年7月1日火曜日

相手わざ

 復本一郎著『俳人名言集』(朝日新聞社刊)に「俳諧は殊に相手わざなれば」という芭蕉の言葉が記されている。同書に依ればこの言葉は、元禄時代に刊行された加賀の俳人「宇中」という人の著『夜話くるひ』に芭蕉の言葉として載っているという。

相手わざとは、読者が共感してくれて初めて作品となるということ。他の文芸もそうだが、俳諧は殊にそうなのだと、芭蕉は述べておられる。作者が詠んだ句を読者が鑑賞し、感動を共有してくれて(共感してくれて)初めて作品になるというのである。従って、読者の存在を意識しないで詠まれた俳句は、作品ではない、ということだ。単なる独り言であり、日記の類のものなのだ。

先日、兵庫県民共済の会誌「かけはしひろば」を読んでいたら、古民家や古い寺社を修復されている棟梁(現代の名工)の記事が載っていた。その記事の中で、「『ものづくり』をする人は、使ってくれる人を常に思いうかべながら、惜しむことなく時間も労力も愛情もそそいでいることを改めて知りました」という記者の感想が述べられていた。

私達が俳句を詠む際には、読者が有るということを常に自覚しなければならない。使い手を意識するというこの名工と同じなのだ。そのことを、遥か元禄時代に芭蕉翁は看破されていた。形を取り繕っただけの、独り善がりの句を詠む昨今の風潮を、翁はどの様にご覧になるだろう。