虚子の高弟に赤星水竹居という人が居られました。三菱地所の社長を務められた方で、虚子の高弟として、また俳誌「ホトトギス」の事務所の家主として、様々な面で虚子を支援された方です。その水竹居氏が自著『虚子俳話録』に、昭和10年12月17日のこととして記録しておられます。。
某曰く。先生、百年の後には我々の俳句はいったいどうなっているでしょうか。
先生曰く。再びもとの月並に返りますね。
虚子のこの発言が有ってから今年で91年目。100年目が近づいてきています。汀子先生亡き後、俳句界では、虚子が提唱された「花鳥諷詠」という作句理念が、ややもすると軽んじられる傾向が出てきているように思います。頭の中で、知識を基に作った句が増えて来ているように思われます。
今年の「俳句四季・全国俳句大会』に応募した句を見てみますと、AIというアルファベットを使った句や文語体と口語体とが混在した句など、俳句の基礎すら出来ていないような句が散見されました。このような状況を見ていると、虚子がいみじくも看破されたような状況が近付いてきているような恐ろしさを感じるのです。
時事をテーマにしたものや頓智を効かせただけのものなど、およそ詩とは思われない句が有りました。 いよいよ虚子の予言が的中する時代が来るかもしれません。しかし、「九年母」は虚子の作句理念をしっかり守り、月並に堕することの無いように研鑽を続けて行きたいと思っています。
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