新年おめでとうございます
会員の皆様には、新たな決意を抱いて、新年をお迎えのことと思います。
さて今年は、前主宰が昨年御隠れになられた事もあってか、例年に倍して賀状を頂きました。頂きましたすべての方にお返しするには用意した賀状400枚では足りず、大勢の方には申し訳ない事になってしまいましたが、お気持ちはしっかり頂きました。有難うございました。
さて、頂きました賀状で気になったことは、80台の方に多かったのですが、「もう10年早く、先生にお会いしていたら、どんなに上手になっていたことか。悔やまれてなりません」というご挨拶でした。「この10年間、何の勉強をして来たのか、と思う。句会で選んで頂いた句を雑詠選に投句して4句採って頂き、それで満足して、それでよいのだと思っていた」と私に洩らされる方が沢山居られます。
天下泰平の御代が長らく続きましたが、昨年、伝統俳句教の教えを奉じる黒船が来航、天下に緊張が走りました。そして、いち早く伝統俳句の教えを理解し、帰依し、悟った方々が、様々な機会で素晴らしい成績を上げられ、伝統俳句教の素晴らしさを示されました。受賞者の半数が当会の会員という事も、少なくなかったのです。年末には若い方々の、大活躍が伝えられました。間も無くその内容が明らかになりますが、これらは九年母の輝かしい未来を暗示するものであると確信しています。
賀状で、素晴らしいお句を拝見しました。夫々の句に、作者の決意が籠っていました。賀状の句とは、この一年の決意を述べるものだ、と思います。私は次の句を、賀状にしたためました。
大らかに明るく詠めと初御空 伸一路
この句は、私が信奉します虚子の、次の句の影響を受けたものです。
元日や句は須らく大らかに 虚子
初御空を見上げ、虚子への存問として浮かんだ句です。明るく、は哲也師の教えです。二人の恩師の教えを胸に、この一年、句に向かいます。
2016年12月9日金曜日
「冬うらら」という季題
先日、千鳥句会の吟行で、西宮市名塩の紙漉場を訪ねました。人間国宝のご当主の饒舌は、昔と少しも変わりません。歳を取られましたが、お元気そうで何よりでした。息子さんが後継者として修業を積んでおられ、将来が楽しみです。さて、その際の句会で、次のような句が出されました。
紙を漉く人間国宝冬うらら
「うらら」は、ご存じのように春4月の季題である「麗か」の傍題です。しかし、ホトトギス新歳時記には「麗か」という季題は有りますが、「冬うらら」という季題は有りません。汀子先生は、冬には「小春」や「冬日和」という季題が有るのでこれを使うべきだ、と解かれています。
「麗か」という季題には、長閑に吹く春風の、空気の温みと適度の湿気を感じますが、「冬日和」にはこの様な長閑なイメージはありません。淡く温かい光は有るものの、冷たく乾燥した空気を感じます。つまり、「麗か」とはかなり違った季節感であり、「冬うらら」を季題とすることに抵抗があるのです。
一方、角川合本歳時記には「冬麗」という季題があり、「冬うらら」」はその傍題です。どちらが正しいという事ではありません。私はホトトギスの俳人ですので、ホトトギス新歳時記に依って作句します。従って「冬うらら」という季題は使いません。
しかし、角川合本歳時記という、現代の日本を代表する歳時記が収録しているのですから、無視することは出来ません。私は、「冬うらら」を季題とした作品であっても、優れたものであれば、選に頂きたいと思っています。
紙を漉く人間国宝冬うらら
「うらら」は、ご存じのように春4月の季題である「麗か」の傍題です。しかし、ホトトギス新歳時記には「麗か」という季題は有りますが、「冬うらら」という季題は有りません。汀子先生は、冬には「小春」や「冬日和」という季題が有るのでこれを使うべきだ、と解かれています。
「麗か」という季題には、長閑に吹く春風の、空気の温みと適度の湿気を感じますが、「冬日和」にはこの様な長閑なイメージはありません。淡く温かい光は有るものの、冷たく乾燥した空気を感じます。つまり、「麗か」とはかなり違った季節感であり、「冬うらら」を季題とすることに抵抗があるのです。
一方、角川合本歳時記には「冬麗」という季題があり、「冬うらら」」はその傍題です。どちらが正しいという事ではありません。私はホトトギスの俳人ですので、ホトトギス新歳時記に依って作句します。従って「冬うらら」という季題は使いません。
しかし、角川合本歳時記という、現代の日本を代表する歳時記が収録しているのですから、無視することは出来ません。私は、「冬うらら」を季題とした作品であっても、優れたものであれば、選に頂きたいと思っています。
2016年11月29日火曜日
小春日という季題
先日、九年母の雑詠の選をしていて、ふと通信欄に目が留まりました。そこには季題の解説の欄を設けて欲しい、とありました。確かに良いご提案です。この様な欄を設けている結社誌もあります。例えば、俳誌「雨月」では、若手の山田天さんが「季語を味わう」という1頁を設け、11月号では「亥の子」について解説されています。もう69回目となる名物記事です。
マンパワーの問題もあり、九年母でもすぐにとは行きませんが、今後の課題としたいと思います。
さて、11月に入ると「小春日」という兼題があちこちの句会で出されます。それ程この季節には親しみ深い季題なのですが、その本意がしっかり掴めているかというと、どうもそうでもないようです。
この季題と対照的な季題に「春の日」が有ります。この二つはどう違うのでしょう。そのヒントは次の句に隠されていると思います。
玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし
この季題を代表する句であり、俳人なら常識として知っている句です。この句の「玉の如き」とは何の事でしょう。それは、冬という滅びの季節を間近にした直前の、愛おしい一日の事だからです。
玉のような児を授かるという時の、玉の如き、です。晴れ上がった、暖かい一日。やがて訪れる厳寒の日を思う時、その暖かさを有難いものに思うのです。
では、小春日と春の日とはどう違うのでしょう。春の日は、湿気に富んだ暖かい日であり、夏というエネルギーが噴出する季節を間近にした、若々しい日です。この違いをしっかり押さえないと、どちらでも通用するのでは季が動きます。
乳母車集ひおしやべり園小春
ある句会で出された句ですが、「園小春」を「春日影」としたら春の句になります。そしてこの方が良いのです。何故なら、乳母車に乗った赤ちゃんは若々しい命のかたまりだからです。
窓際へ父のベッドを小春の日 伸一路
父が亡くなる直前の句です。小春日という季題の裏には、滅びという悲しさが隠されているのです。
マンパワーの問題もあり、九年母でもすぐにとは行きませんが、今後の課題としたいと思います。
さて、11月に入ると「小春日」という兼題があちこちの句会で出されます。それ程この季節には親しみ深い季題なのですが、その本意がしっかり掴めているかというと、どうもそうでもないようです。
この季題と対照的な季題に「春の日」が有ります。この二つはどう違うのでしょう。そのヒントは次の句に隠されていると思います。
玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし
この季題を代表する句であり、俳人なら常識として知っている句です。この句の「玉の如き」とは何の事でしょう。それは、冬という滅びの季節を間近にした直前の、愛おしい一日の事だからです。
玉のような児を授かるという時の、玉の如き、です。晴れ上がった、暖かい一日。やがて訪れる厳寒の日を思う時、その暖かさを有難いものに思うのです。
では、小春日と春の日とはどう違うのでしょう。春の日は、湿気に富んだ暖かい日であり、夏というエネルギーが噴出する季節を間近にした、若々しい日です。この違いをしっかり押さえないと、どちらでも通用するのでは季が動きます。
乳母車集ひおしやべり園小春
ある句会で出された句ですが、「園小春」を「春日影」としたら春の句になります。そしてこの方が良いのです。何故なら、乳母車に乗った赤ちゃんは若々しい命のかたまりだからです。
窓際へ父のベッドを小春の日 伸一路
父が亡くなる直前の句です。小春日という季題の裏には、滅びという悲しさが隠されているのです。
2016年11月8日火曜日
題について
日本伝統俳句協会では毎年「日本伝統俳句協会賞」への応募句を募集をしています。30句を一組として応募します。九年母会でも、今年から「九年母賞」を設け、20句を一組として投句を募集しました。会員の皆様のご協力により、53編の応募が有りましたが、初回としては上々の応募数だと思います。
先月中に6名の審査委員による審査も終わり、私の手元での取り纏めも終了し、順位も決定しました。来年1月号で発表し、1月15日の、生田神社会館における新年俳句大会の席で表彰する予定です。53篇、どの句も力作ばかりで、九年母作家の層の厚さを、改めて実感しました。今後、優秀作品を九年母誌で発表し、審査委員の皆さんには、審査に当たっての感想を述べて頂く予定です。
さて、日本伝統俳句協会賞でも九年母賞でも、一組の俳句の集合体に題を付けます。九年母誌には推薦作家の俳壇である「○月抄」という頁が有りますが、それぞれの作品に題がついています。今回の九年母賞の応募作品を拝見していますと、この題が出来ていない作品が散見されました。俳句のレベルは相当に高いのですが、その一組の俳句と題とがうまくマッチしていないのです。関連性が無い作品も有りました。実に惜しい事です。
題は、その一組の俳句の底に共通して流れている思いや詩情を、最大公約数のように纏めてシンプルな言葉で表現し、読者に内容を伝えるものです。その際には、自分がその一組の俳句の中で、最も重点を置いて読者に訴えたい俳句に含まれている言葉を題として使うのが一般的です。単に、一番最初の句から、あるいは最終の句から選ぶのではありません。この間違いが多かったように思います。
毎月、九年母誌の巻頭に私の句が12句、主宰の句として掲載され、招待席には一流のホトトギス同人の句と、当会を代表する作家の句とが載っています。そのいずれの作品にも必ず題が付されています。作品を鑑賞された後で、この題を味わってみて下さい。題の付け方の参考になると思います。
先月中に6名の審査委員による審査も終わり、私の手元での取り纏めも終了し、順位も決定しました。来年1月号で発表し、1月15日の、生田神社会館における新年俳句大会の席で表彰する予定です。53篇、どの句も力作ばかりで、九年母作家の層の厚さを、改めて実感しました。今後、優秀作品を九年母誌で発表し、審査委員の皆さんには、審査に当たっての感想を述べて頂く予定です。
さて、日本伝統俳句協会賞でも九年母賞でも、一組の俳句の集合体に題を付けます。九年母誌には推薦作家の俳壇である「○月抄」という頁が有りますが、それぞれの作品に題がついています。今回の九年母賞の応募作品を拝見していますと、この題が出来ていない作品が散見されました。俳句のレベルは相当に高いのですが、その一組の俳句と題とがうまくマッチしていないのです。関連性が無い作品も有りました。実に惜しい事です。
題は、その一組の俳句の底に共通して流れている思いや詩情を、最大公約数のように纏めてシンプルな言葉で表現し、読者に内容を伝えるものです。その際には、自分がその一組の俳句の中で、最も重点を置いて読者に訴えたい俳句に含まれている言葉を題として使うのが一般的です。単に、一番最初の句から、あるいは最終の句から選ぶのではありません。この間違いが多かったように思います。
毎月、九年母誌の巻頭に私の句が12句、主宰の句として掲載され、招待席には一流のホトトギス同人の句と、当会を代表する作家の句とが載っています。そのいずれの作品にも必ず題が付されています。作品を鑑賞された後で、この題を味わってみて下さい。題の付け方の参考になると思います。
2016年10月18日火曜日
季題の変遷
ある新聞社で俳句の募集があり、その選者を務めました。兼題は「夜食」で約300句の応募が有りました。
夜食と言えば、夕飯が済んだあと夜なべ仕事や勉強をし、一段落ついたところで、小腹を満たすためにパンや握り飯を食べたり、果物や菓子を抓む程度の食事であると考えて来ました。本来の夜食という季題はこれで良い筈です。しかし、選を進めるうち、この季題の中身が変わってきている、と感じました。
先ず驚いたのは、夜食をヤショクと読まず、ヨルショクと読む人が何人かあったことです。指を折って数えても、ヨルショクでないと句の数が合わないのです。確かに、私達の子供や孫たちは夕食の事をヨルゴハンと言っています。朝食・昼食と来ると、次は夕飯ではなく夜食です。従って、夜食をヨルゴハンの事だと解釈してもおかしくはないのです。
夜遅く、それも寝る前にたらふく食べてもたいじょうぶか、と思いながら選を進めていきますと、どうもこれは夕飯の事だと思い当たる句が、段々増えて来ました。そういえば、昔のように、夕飯の後で夜なべや夜業をすることはなくなりました。お勤めの方は残業で帰りが遅くなり、帰宅して食事をしますと、夕飯が昔の夜食と変わらない時間になってしまいます。
昔は裸電球を灯して土間で草鞋を編んだり、囲炉裏端で縫物をしたり、という夜なべ仕事が有りましたが、現代では、そんな光景は日本中探しても見当たりません。夜食が、労働者のわずかな楽しみであった時代とは違うのです。リオ・オリンピックの深夜の生中継を、夜食を食べながら楽しんだ、という句が沢山ありました。
時代の流れに沿って、季題の詠み方が変わっていくのはやむを得ない事です。しかし絵踏や藪入という江戸時代の季題が未だに詠まれているということは、季題の本意は時代が変わっても受け継がれていくのかもしれません。日本人の勤勉さを物語る季題として、夜食や夜なべといった季題は詠み継がれてほしいものです。
夜食と言えば、夕飯が済んだあと夜なべ仕事や勉強をし、一段落ついたところで、小腹を満たすためにパンや握り飯を食べたり、果物や菓子を抓む程度の食事であると考えて来ました。本来の夜食という季題はこれで良い筈です。しかし、選を進めるうち、この季題の中身が変わってきている、と感じました。
先ず驚いたのは、夜食をヤショクと読まず、ヨルショクと読む人が何人かあったことです。指を折って数えても、ヨルショクでないと句の数が合わないのです。確かに、私達の子供や孫たちは夕食の事をヨルゴハンと言っています。朝食・昼食と来ると、次は夕飯ではなく夜食です。従って、夜食をヨルゴハンの事だと解釈してもおかしくはないのです。
夜遅く、それも寝る前にたらふく食べてもたいじょうぶか、と思いながら選を進めていきますと、どうもこれは夕飯の事だと思い当たる句が、段々増えて来ました。そういえば、昔のように、夕飯の後で夜なべや夜業をすることはなくなりました。お勤めの方は残業で帰りが遅くなり、帰宅して食事をしますと、夕飯が昔の夜食と変わらない時間になってしまいます。
昔は裸電球を灯して土間で草鞋を編んだり、囲炉裏端で縫物をしたり、という夜なべ仕事が有りましたが、現代では、そんな光景は日本中探しても見当たりません。夜食が、労働者のわずかな楽しみであった時代とは違うのです。リオ・オリンピックの深夜の生中継を、夜食を食べながら楽しんだ、という句が沢山ありました。
時代の流れに沿って、季題の詠み方が変わっていくのはやむを得ない事です。しかし絵踏や藪入という江戸時代の季題が未だに詠まれているということは、季題の本意は時代が変わっても受け継がれていくのかもしれません。日本人の勤勉さを物語る季題として、夜食や夜なべといった季題は詠み継がれてほしいものです。
2016年10月10日月曜日
時事句について
8月募集分の雑詠の選をしていて、リオデジャネイロで開催されたオリンピック、パラリンピックを詠んだ句が沢山あるのに驚きました。時事を題材にした、いわゆる時事句と呼ばれるものです。
手に汗のドラマ続くやリオ五輪
星月夜日本の裏でリオ五輪
この他、リオ遥か、リオの夏、リオの汗など、リオデジャネイロ大会での熱戦を題材にした句が、それこそ五万と有りました。4年後に、東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。この時にも
手に汗のドラマ続くや江戸五輪
の様な句が詠まれるでしょう。そうなると、リオ五輪の句は、一過性の、単なる思い出の句になってしまいます。俳句の芸術作品としての普遍性はどうなるのでしょう。この様な句は、まさに芭蕉の言われる、流行の句になってしまうと思います。
私達が追及して止まない理想の句は、不易の句、つまり人間の営みをも含めて、自然界の真理を描いた句です。一過性のものでは無く、いつの時代にも通用する普遍的な作品です。
古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉
赤穂浪士の討ち入りのもっと前、つまり今から330年ほど前に詠まれたこの句が、今でも光を失うことなく、芭蕉の代表句として人口に膾炙しているのは、普遍の真理を詠んだ句であるからです。真理を詠んだ句は、いつの時代でも読者の心を打ちますが、流行の句は、詠まれた瞬間に老朽化が始まります。心したいものです。
手に汗のドラマ続くやリオ五輪
星月夜日本の裏でリオ五輪
この他、リオ遥か、リオの夏、リオの汗など、リオデジャネイロ大会での熱戦を題材にした句が、それこそ五万と有りました。4年後に、東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。この時にも
手に汗のドラマ続くや江戸五輪
の様な句が詠まれるでしょう。そうなると、リオ五輪の句は、一過性の、単なる思い出の句になってしまいます。俳句の芸術作品としての普遍性はどうなるのでしょう。この様な句は、まさに芭蕉の言われる、流行の句になってしまうと思います。
私達が追及して止まない理想の句は、不易の句、つまり人間の営みをも含めて、自然界の真理を描いた句です。一過性のものでは無く、いつの時代にも通用する普遍的な作品です。
古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉
赤穂浪士の討ち入りのもっと前、つまり今から330年ほど前に詠まれたこの句が、今でも光を失うことなく、芭蕉の代表句として人口に膾炙しているのは、普遍の真理を詠んだ句であるからです。真理を詠んだ句は、いつの時代でも読者の心を打ちますが、流行の句は、詠まれた瞬間に老朽化が始まります。心したいものです。
2016年9月28日水曜日
俳句の講演会
芦屋川カレッジは、公民館の活動の一環として、市立公民館を会場に定期的に開催されています。いわゆる老人大学・シルバーカレッジの類ではなく、若い方も沢山参加されています。
今日は日本文化コースの講演会があり、「俳句の楽しみ」というテーマで90分間、熱く語らせていただきました。今まで、野鳥についての講演は何回かさせて頂きましたが、純粋の俳句の講演会は初めてでした。午前中は京大の医学部の先生が講演され、私は午後の部でした。それでも60名ほどの方がお集まりになり、熱心にお聴き頂きました。
話の進め方としては、①俳句の歴史 ②伝統俳句の約束 ③私と俳句 ④俳句の楽しみ、としました。平成22年12月に、芦屋市の市制70周年記念行事として開催された、NHKの番組「俳句王国」の公開収録の話を枕にしました。覚えていると、頷かれる方も有りました。
先ず、俳句は世界で一番短い詩であり、季題というものが有って、大変難しい。五七五に季語を一つ入れれば誰でも簡単に作れる、と誘うのはインチキでありペテンであり詐欺である。だから迂闊に近づかない方がよい、と申しました。講座の担当の方は、何を言い出すのかとはらはらされたそうです。
その後、俳句の歴史から説き起こし、俳句の楽しさ、素晴らしさを私自身の句を使って説明して、最後に、今日の話を聞いて、俳句を始めようと思う方が一人でも現れたら嬉しい事だと、締めくくりました。虚子記念文学館や三代句碑、年尾先生や汀子先生など、芦屋ゆかりの話には、興味を持って頂けたようでした。
虚子館は、名称は違いますが鎌倉と小諸と芦屋に有ります。汀子先生はご自宅の隣接地が震災で被災し売りに出されたのを購入され、虚子記念文学館の建設用地に提供されました。その先生のお膝元である芦屋市民の皆さんに俳句を知ってもらって、芦屋を俳句の街にして行きたいと思っています。
今日は日本文化コースの講演会があり、「俳句の楽しみ」というテーマで90分間、熱く語らせていただきました。今まで、野鳥についての講演は何回かさせて頂きましたが、純粋の俳句の講演会は初めてでした。午前中は京大の医学部の先生が講演され、私は午後の部でした。それでも60名ほどの方がお集まりになり、熱心にお聴き頂きました。
話の進め方としては、①俳句の歴史 ②伝統俳句の約束 ③私と俳句 ④俳句の楽しみ、としました。平成22年12月に、芦屋市の市制70周年記念行事として開催された、NHKの番組「俳句王国」の公開収録の話を枕にしました。覚えていると、頷かれる方も有りました。
先ず、俳句は世界で一番短い詩であり、季題というものが有って、大変難しい。五七五に季語を一つ入れれば誰でも簡単に作れる、と誘うのはインチキでありペテンであり詐欺である。だから迂闊に近づかない方がよい、と申しました。講座の担当の方は、何を言い出すのかとはらはらされたそうです。
その後、俳句の歴史から説き起こし、俳句の楽しさ、素晴らしさを私自身の句を使って説明して、最後に、今日の話を聞いて、俳句を始めようと思う方が一人でも現れたら嬉しい事だと、締めくくりました。虚子記念文学館や三代句碑、年尾先生や汀子先生など、芦屋ゆかりの話には、興味を持って頂けたようでした。
虚子館は、名称は違いますが鎌倉と小諸と芦屋に有ります。汀子先生はご自宅の隣接地が震災で被災し売りに出されたのを購入され、虚子記念文学館の建設用地に提供されました。その先生のお膝元である芦屋市民の皆さんに俳句を知ってもらって、芦屋を俳句の街にして行きたいと思っています。
登録:
投稿 (Atom)