先日のある句会の際、新聞の俳壇への投句について質問が有った。曰く「句会で選を受けた句を、新聞の俳壇に投句しても良いかどうか。ひとたび選を受けた句は、その選者以外の選は受けてはいけない、と教えられて来たので」というものであった。私は以下の通り即答した。「少なくとも、私より上級の選者の選をお受けになるについては、私はむしろ望ましいと思う。その方の選に私が選んだ句が入るかどうか、私にとっても参考になる事でもある。機会が有ったら是非お出しなさい」と。
嘗て私の習った先輩にも否定する方があった。「選を受けた句を他の選者の俳壇に投句することは、当初の選者に対して失礼に当たる。従って他の選者に出してはいけない」と、その方には習った。選者同士の力量の比較になると考えるのだろう。今になって思うと、これは全くの的外れな見解である。
俳句の作品は、その作者の分身である。その作者が全身全霊を傾けて詠んだ作品だからである。可愛い子供の才能を可能な限り伸ばしてやろう、と思うのが親心だ。中学の担任から、大変良く出来るから是非良い高校へ、と勧められれば出来るだけの事はしてやろうと思う。高校の担任から、同じようなことを勧められれば、可能であれば良い大学へ進めるよう支援してやろうと思う。
俳句の作品も同じこと。私が特選に頂いた句を、更に上級の先生に見て頂く。そうすれば作品も喜ぶだろう。少なくとも、新聞や雑誌、テレビ等のメディアに登場される先生方は私より上級の筈である。私よりはるかに力量が優れている先生に見て頂けるとなれば、その作品は大いに喜ぶはずだ。投句に際し、いちいち私の了解など不要。どんどんお出しなさい。
但し、入選したら必ず報告して頂きたい。私も一緒に喜びたいからである。加えて、私の目もまんざら節穴では無かった、という自己満足にもなるからだ。この自己満足こそ、私の生きる糧である。読者諸氏のご健闘を期待するや切。
2015年12月19日土曜日
2015年12月16日水曜日
詩としての俳句
先日の読売新聞の「俳句あれこれ」の欄に、同紙の全国俳壇の選者である矢島渚男先生のエッセーが掲載されていた。題は「思いを籠める」というものであった。その文章を読んで大いに意を強くしたのである。一部を抜き出してみよう。
「(前略) ところで五七五と季語があれば俳句だと思っている人もおられますが、俳句も詩なのですから、そこに籠められた作者の心がなければ俳句ではありません。 (中略) 自然を詠っても人事を詠っても、おのずからその人の思いが感じられることが大切。私たちは性格も境遇も生活環境もそれぞれに違いますが、特殊性の中にある真実な心こそが普遍的な共感を呼ぶのだと思います。(後略)」
いつも申し上げている通りだが、この一文にも俳句は詩だ、と書いてある。加えて、詩の中に有る真実な心が普遍的な共感を呼ぶのだと。逆に言うと、真実の心が感じられない、単なる写生の句は詩ではなく、詩ではない五七五は俳句ではない、という事になる。
俳句は見たままを詠むものと教わり、それをひたすら守って来られた方も多い。しかし単なる写生だけの句は俳句ではないのだ。虚子もかつて客観写生という俳句理念を提唱されたが、やがて草の芽俳句と呼ばれる極端な詠み方が流行し副作用が見られるようになったので、それに代わる俳句理念である花鳥諷詠を提唱されたのである。
九年母会では、今でも写生派が主流である。しかし、徐々にではあるが客観写生から花鳥諷詠という詠み方に移行する方が増えて来ている。花鳥諷詠とは、俳句は詩であり温かい血の通った詠み方をしようという主張だと、私は解している。
私は主宰就任の挨拶の中で、花鳥諷詠の道を学び直そう、と呼び掛けた。写生派の皆さんは俳句は詩である事を理解するべきだと、痛切に思っている。
入選といふボーナスを賜りし 伸一路
「(前略) ところで五七五と季語があれば俳句だと思っている人もおられますが、俳句も詩なのですから、そこに籠められた作者の心がなければ俳句ではありません。 (中略) 自然を詠っても人事を詠っても、おのずからその人の思いが感じられることが大切。私たちは性格も境遇も生活環境もそれぞれに違いますが、特殊性の中にある真実な心こそが普遍的な共感を呼ぶのだと思います。(後略)」
いつも申し上げている通りだが、この一文にも俳句は詩だ、と書いてある。加えて、詩の中に有る真実な心が普遍的な共感を呼ぶのだと。逆に言うと、真実の心が感じられない、単なる写生の句は詩ではなく、詩ではない五七五は俳句ではない、という事になる。
俳句は見たままを詠むものと教わり、それをひたすら守って来られた方も多い。しかし単なる写生だけの句は俳句ではないのだ。虚子もかつて客観写生という俳句理念を提唱されたが、やがて草の芽俳句と呼ばれる極端な詠み方が流行し副作用が見られるようになったので、それに代わる俳句理念である花鳥諷詠を提唱されたのである。
九年母会では、今でも写生派が主流である。しかし、徐々にではあるが客観写生から花鳥諷詠という詠み方に移行する方が増えて来ている。花鳥諷詠とは、俳句は詩であり温かい血の通った詠み方をしようという主張だと、私は解している。
私は主宰就任の挨拶の中で、花鳥諷詠の道を学び直そう、と呼び掛けた。写生派の皆さんは俳句は詩である事を理解するべきだと、痛切に思っている。
入選といふボーナスを賜りし 伸一路
2015年12月5日土曜日
自己満足の句
先日の句会で、次の句が投じられた。
やつと来し古城の道の落葉踏む
この句の作者は、ある城を是非訪うてみたいと長い間希望して来たが、この度ようやく念願がかなって訪問することができた。落葉を踏みながら、城の歴史に思い巡らせる作者であった。めでたしめでたし、となるかどうか。読者の中には作者に同情する方も有るだろう。行けて良かったね、と。
しかし冷静に考えてみると、この句の中に使われている季題は「落葉」であり、城の落葉を踏みながら、城に纏わる歴史に思いを致せばよいのであって、やっと来たかどうかは、読者にはどうでもよい事ではないだろうか。
この句のように、作者には大切な事であっても、作品としては必要が無い言葉がしばしば混ざることがある。別の句会で、次の句が出された。
母と我落葉掃きつつ老ひにけり
読者としてはそうですかとしか言いようがなく、同情はするが、どうしてあげようもない句である。主観の強い句といってしまえばそれまでであるが、後味の悪さだけが残ってしまう。
この様な、自分にだけわかる句は句帳に留めておき、外部には発表しないという姿勢が大切である。句の出来・不出来は別として、少なくとも人様のお目に掛けられる句かどうか、つまり発表できる句かどうかの判断は自分でしないといけない。これは俳句作家としてのマナーであると思う。
俳句は楽しく・明るく・大らかに詠みたいものである。
この句のように、作者には大切な事であっても、作品としては必要が無い言葉がしばしば混ざることがある。別の句会で、次の句が出された。
母と我落葉掃きつつ老ひにけり
読者としてはそうですかとしか言いようがなく、同情はするが、どうしてあげようもない句である。主観の強い句といってしまえばそれまでであるが、後味の悪さだけが残ってしまう。
この様な、自分にだけわかる句は句帳に留めておき、外部には発表しないという姿勢が大切である。句の出来・不出来は別として、少なくとも人様のお目に掛けられる句かどうか、つまり発表できる句かどうかの判断は自分でしないといけない。これは俳句作家としてのマナーであると思う。
俳句は楽しく・明るく・大らかに詠みたいものである。
2015年12月1日火曜日
寛選と厳選
九年母誌の巻頭に、五十嵐播水の著書『句作春秋』から一文を抜いて掲げられている。今月号には「寛選と厳選」と題する文章が載っている。寛選が良いか厳選が良いか、つまり、雑詠の選について、寛大な選が良いか厳しい選が良いか、という事について述べられているのである。播水選は、今では想像もできないくらい厳選であった。但し、作品について厳選であり、会員個人については思いやりのある方であった。風邪を引いたと投句用紙の通信欄に書いてあれば、即見舞いの手紙をお書きになった。しかし雑詠選については峻厳を極めたのである。
九年母の主宰を継承して8ヶ月が経過した。主宰の最大の仕事は雑詠の選だ。私なりに雑詠選の要領が掴めて来た。1月号の選では、4句の入選率が19%となった。雑詠選は結社誌の金看板であり、巻頭句を見ただけでその結社のレベルが分かる、と言われている。九年母が俳句結社として高い評価を受けるためには、先ず素晴らしい巻頭句を選ぶことだ。加えて、4句選の句の質を高めて行く事。これは主宰としての私の責任である。私にとって寛選とは、この責任を放棄することだと思う。
その意味から言っても、九年母誌は、やっとスタートラインに付けたのである。寛選に慣れた方には厳しい事になるが、会員の減少を食い止め、結社誌として生き残って行くためにはやむを得ない事であるとこを理解してほしい。舵は大きく切られたのである。
私の選は作品本意。たとえ古い方であろうと、句が良く無ければ頂かない。新しい方であっても、句が良ければ頂く。序列にも拘らない。句が良ければ、新しい方であっても前へ出す。これからは、3句入選で合格と考えて欲しい。2句入選は頑張ってほしい、という合図と受け止めて欲しい。
九年母の主宰を継承して8ヶ月が経過した。主宰の最大の仕事は雑詠の選だ。私なりに雑詠選の要領が掴めて来た。1月号の選では、4句の入選率が19%となった。雑詠選は結社誌の金看板であり、巻頭句を見ただけでその結社のレベルが分かる、と言われている。九年母が俳句結社として高い評価を受けるためには、先ず素晴らしい巻頭句を選ぶことだ。加えて、4句選の句の質を高めて行く事。これは主宰としての私の責任である。私にとって寛選とは、この責任を放棄することだと思う。
その意味から言っても、九年母誌は、やっとスタートラインに付けたのである。寛選に慣れた方には厳しい事になるが、会員の減少を食い止め、結社誌として生き残って行くためにはやむを得ない事であるとこを理解してほしい。舵は大きく切られたのである。
私の選は作品本意。たとえ古い方であろうと、句が良く無ければ頂かない。新しい方であっても、句が良ければ頂く。序列にも拘らない。句が良ければ、新しい方であっても前へ出す。これからは、3句入選で合格と考えて欲しい。2句入選は頑張ってほしい、という合図と受け止めて欲しい。
2015年11月27日金曜日
季題の分割
季題の分割とは聞きなれない言葉である。実は、今考えたばかりの、私の造語である。従って一般的な日本語ではない。何故こんな事を言うかというと、先日のある句会で初霜という題が出た。初霜はハツシモと4音で発音する。そうすると、初霜や、とか初霜の、とか何か助詞を付けないと、上五や下五では字足らずになってしまう。そこで悪魔の囁きが聞こえて来るのだ。曰く「初の霜」と「の」を挟んだらいいのに」と。確かに、下五を初の霜とすると、実に座りが良いのである。
そこで、私の持っている全ての歳時記に当たってみた。最大の講談社版「カラー図説日本大歳時記」を繙いても、その様な用例は見当たらなかった。やはり、初霜は初霜はハツシモとして使うべきなのだろう。
ならば初霜と初の霜とではどこが違うのだろう。私の解釈では、初霜は「初」に焦点を当てたものであり、初の霜は霜に焦点が当たっている。つまり、初の霜では今年初めて目にした驚き、感動が弱くなると思う。「の」を挟む事によって、霜の説明になってしまうのである。微妙な違いであるが、違うのだ。
秋桜とはコスモスのこと。これを秋の桜としたらどうなるか。冬の桜と言う季題も有るが、共に桜の木のことでありコスモスのことではないのである。茶の花と茶花との違いは直ぐお分かりになるだろう。色鳥は色の美しい鳥であり、色の鳥では用をなさない。逆に、秋空と秋の空は同じだ。
安易に「の」を挟むのではなく、挟む事によって季題が壊れないかどうかをしっかり見極めることが大切だ。
初霜やマイナンバーの届きたる 伸一路
そこで、私の持っている全ての歳時記に当たってみた。最大の講談社版「カラー図説日本大歳時記」を繙いても、その様な用例は見当たらなかった。やはり、初霜は初霜はハツシモとして使うべきなのだろう。
ならば初霜と初の霜とではどこが違うのだろう。私の解釈では、初霜は「初」に焦点を当てたものであり、初の霜は霜に焦点が当たっている。つまり、初の霜では今年初めて目にした驚き、感動が弱くなると思う。「の」を挟む事によって、霜の説明になってしまうのである。微妙な違いであるが、違うのだ。
秋桜とはコスモスのこと。これを秋の桜としたらどうなるか。冬の桜と言う季題も有るが、共に桜の木のことでありコスモスのことではないのである。茶の花と茶花との違いは直ぐお分かりになるだろう。色鳥は色の美しい鳥であり、色の鳥では用をなさない。逆に、秋空と秋の空は同じだ。
安易に「の」を挟むのではなく、挟む事によって季題が壊れないかどうかをしっかり見極めることが大切だ。
初霜やマイナンバーの届きたる 伸一路
2015年11月20日金曜日
雑詠の添削
今日で12月号は校了した。校正が終了し、これから印刷・製本・発送と進んで行く。主宰を継承してまもなく8ヶ月が経過する。自宅にいる時間は昼も夜も、雑詠の選に費やしている。これだけ選に集中していると、選の基準が少しずつ掴めて来る。5月号に選の基準を列記した。この基準をどう運用するか、いろいろ迷いも有ったが、次第に要領が掴めて来た。
この基準の一つに詩情の豊かな句である事を挙げておいたが、最近になって、汀子先生が説かれる選の考え方が少し分かって来た。それは、句に真実が有るかどうか、という事である。選とは、本当の感動が有るかどうかを作者の立場になって味わってみるという事だと気がついたのである。
上手な句がある。ハッと目が覚める様な綺麗な句も有る。しかし、先生は、その句の中に本当の感動が詠まれているかどうかを探れ、と説かれる。口先だけで詠んだ句、感性の閃きだけで詠んだ句、そこには本当の感動はない。拙い表現であっても、そこに読んだ者の心に響くものがある句は本物である。この本物を見分けるのが選者の務めであると説かれるのである。
雑詠の選で残念なのが、感動を含みながら、仮名遣いが誤っていたり、文法的な間違いがあることだ。惜しい、と思うがどうにもならない。しかし、感動が十分に伝わって来る句については、可能な範囲で添削している。九年母誌が届いたら、雑詠欄の句と出句控とを照らし合わせて頂きたい。もし違っていたら、私の添削だと思ってほしい。
投句用紙の通信欄に、宜しくご指導ください、と書いてある。一人一人連絡して指導できれば良いのだが、それは不可能な事だ。私のせめてもの指導と思って、雑詠欄の句で学んで頂ければと思っている。理解できないことや疑問点については、電話やメールで連絡して頂ければお答えしたいと念願している。
繰り返しになるが、上手な句を詠もうとしないことだ。良い句とは真実が有る句であると、最近気がついた。上手な句と良い句との違い。毎日投句用紙の束を手にしながら、真実のある句を探し続けている。
日溜に羽を休めて番鴨 伸一路
この基準の一つに詩情の豊かな句である事を挙げておいたが、最近になって、汀子先生が説かれる選の考え方が少し分かって来た。それは、句に真実が有るかどうか、という事である。選とは、本当の感動が有るかどうかを作者の立場になって味わってみるという事だと気がついたのである。
上手な句がある。ハッと目が覚める様な綺麗な句も有る。しかし、先生は、その句の中に本当の感動が詠まれているかどうかを探れ、と説かれる。口先だけで詠んだ句、感性の閃きだけで詠んだ句、そこには本当の感動はない。拙い表現であっても、そこに読んだ者の心に響くものがある句は本物である。この本物を見分けるのが選者の務めであると説かれるのである。
雑詠の選で残念なのが、感動を含みながら、仮名遣いが誤っていたり、文法的な間違いがあることだ。惜しい、と思うがどうにもならない。しかし、感動が十分に伝わって来る句については、可能な範囲で添削している。九年母誌が届いたら、雑詠欄の句と出句控とを照らし合わせて頂きたい。もし違っていたら、私の添削だと思ってほしい。
投句用紙の通信欄に、宜しくご指導ください、と書いてある。一人一人連絡して指導できれば良いのだが、それは不可能な事だ。私のせめてもの指導と思って、雑詠欄の句で学んで頂ければと思っている。理解できないことや疑問点については、電話やメールで連絡して頂ければお答えしたいと念願している。
繰り返しになるが、上手な句を詠もうとしないことだ。良い句とは真実が有る句であると、最近気がついた。上手な句と良い句との違い。毎日投句用紙の束を手にしながら、真実のある句を探し続けている。
日溜に羽を休めて番鴨 伸一路
2015年11月11日水曜日
種を蒔く
姫路市の林田小学校の、俳句の授業の見学にお招き頂いた。この見学は、『姫路青門』の中嶋編集長ほか地元俳句結社の皆さん、高砂俳句協会の原会長や九年母会の野間田姫路支部長のご尽力で実現したもので、大変有意義な経験をさせて頂き、感謝に堪えない。
小学校3年生と4年生各1クラスの児童が4班に分かれ、地元の篤志家の俳人6名に引率されて約1時間ほど、校庭やその周辺を吟行。教室にもどって俳句を纏め、互選をして1〜3席の作品を決めるという授業であった。
私も、原会長が指導される第4班の児童達13名と、正門に隣接する畑に吟行に出た。地面に落ちた熟柿や青蜜柑、カリフラワーに付いている菜虫や天道虫、人参の葉についている黄揚羽の幼虫など、目に付いたものを児童たちに示し、季題であることを説明した。児童達は、懸命にノートに句を書きつけていた。どの子もスラスラと五七五に纏めるのには驚いた。
教室では、詠んできた句の中から、班の指導者が各児童につき3句づつ選をし、その句を班ごとに互選。各班で選ばれた5句を持ち寄って児童全員で互選し、上位の作品を決めるという手順であった。
感動したのは、児童たちの俳句への素直な接し方だった。有季定型以外の、一切の束縛の無い環境の中で、自由に詠んでいた。見たまま感じたままを、素直に、自分の言葉で表現していた。この体験を、3年生・4年生のこの時期に積ませる事によって、俳句の潜在能力が種痘のように植えつけられるのである。そしてその効果は、30年後、50年後に現れて来るのだろう。
私は最後の挨拶の中で、「これからも素直に見たままを詠んでほしい、そして皆さんの中から日本を代表する俳人が育ってくることを期待している」と述べた。
やがてこの子たちも受験戦争に飲み込まれ、俳句からは遠ざかるだろう。それでよいのだ。俳句という国民文化は、地下水のように、枯れることなく静かに流れ続ける。その為の種を蒔いておられる地元の篤志家の俳人の、志の高さにも感動した。
小学校3年生と4年生各1クラスの児童が4班に分かれ、地元の篤志家の俳人6名に引率されて約1時間ほど、校庭やその周辺を吟行。教室にもどって俳句を纏め、互選をして1〜3席の作品を決めるという授業であった。
私も、原会長が指導される第4班の児童達13名と、正門に隣接する畑に吟行に出た。地面に落ちた熟柿や青蜜柑、カリフラワーに付いている菜虫や天道虫、人参の葉についている黄揚羽の幼虫など、目に付いたものを児童たちに示し、季題であることを説明した。児童達は、懸命にノートに句を書きつけていた。どの子もスラスラと五七五に纏めるのには驚いた。
教室では、詠んできた句の中から、班の指導者が各児童につき3句づつ選をし、その句を班ごとに互選。各班で選ばれた5句を持ち寄って児童全員で互選し、上位の作品を決めるという手順であった。
感動したのは、児童たちの俳句への素直な接し方だった。有季定型以外の、一切の束縛の無い環境の中で、自由に詠んでいた。見たまま感じたままを、素直に、自分の言葉で表現していた。この体験を、3年生・4年生のこの時期に積ませる事によって、俳句の潜在能力が種痘のように植えつけられるのである。そしてその効果は、30年後、50年後に現れて来るのだろう。
私は最後の挨拶の中で、「これからも素直に見たままを詠んでほしい、そして皆さんの中から日本を代表する俳人が育ってくることを期待している」と述べた。
やがてこの子たちも受験戦争に飲み込まれ、俳句からは遠ざかるだろう。それでよいのだ。俳句という国民文化は、地下水のように、枯れることなく静かに流れ続ける。その為の種を蒔いておられる地元の篤志家の俳人の、志の高さにも感動した。
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