6月1日土曜日、「かつらぎ」の創刊90周年を祝う会が奈良ホテルにて開催され、会員158名、来賓34名が参加されました。私も来賓の一人としてお招きいただき、出席して来ました。ある来賓の方から、6月は「かつらぎ」に始まって「九年母」に終わりますね、と声を掛けていただきました。九年母会の祝賀会の準備は着々と進められていますが、何か参考になることは無いかと思って参加してきました。
「かつらぎ」の創始者は阿波野青畝先生ですが、俳人協会系であり、九年母会のように伝統俳句協会系ではありませんので稲畑汀子先生は来られず、主賓は現代俳句協会特別顧問の宇多喜代子先生でした。講演は「思い遣ると言う作句」と題して、俳人協会副会長の茨木和生先生がなさいました。
余興として、ある会員のお孫さんが声楽家をしておられ、ソプラノの曲を幾つか歌われましたが、なかなかに盛り上がって楽しい趣向でした。司会も素人ながら手作り感が溢れていて座が白けることも無く、アットホームな良い祝賀会でした。森田純一郎主宰のお人柄がにじみ出ている様に感じられました。
「かつらぎ」は阿波野青畝先生が、昭和4年に奈良で創刊され、今年で90周年になります。「九年母」の創刊は大正13年ですから、「かつらぎ」に比べると5年先輩に当たり、今年で95周年になります。従って5年後には100周年の祝賀会が待っているのです。1150号の記念もほぼ同時期に来ますので、両方を兼ねた祝賀会にしたいと思っていますが、大掛りな準備になりそうです。
11月30日には「円虹」の300号記念祝賀会が、12月8日には「田鶴」600号の記念祝賀会が予定され、来賓としてご招待を頂いております。お互いに協力し合って、俳句文化の向上に努めていきたいと思っています。
2019年6月1日土曜日
2019年5月2日木曜日
1100号記念祝賀会を控えて
平成の時代が終わり、令和の御代となりました。新しい天皇が即位され、連休明けから新しい文化が始まります。私達九年母会も、新しい時代に合うように変わって行かねばなりません。同人会改革、財政改革など、組織強化の施策を次々と打って行きたいと思っています。
さて、ご高承の通り来る6月30日に、神戸市の生田神社会館にて、俳誌「九年母」の1100号の刊行記念祝賀会を開催いたします。運営委員の皆さんのご尽力により、その準備が着々と進んでいます。記念品のクリアファイルの印刷も見事に仕上がりました。既に各地の会員の皆様から参加申し込みを頂いていますが、支部や句会によって、参加者が極端に少ない所も有ります。全国各地から90歳を超えた先輩方も来られるのです。各支部や句会の幹事や責任者の方は、今一度参加申し込みの状況をご確認いただき、申し込みを失念しておられる方や、句暦が新しいことなどで参加をためらっておられる方には、参加を勧奨して頂くよう、要請致します。
最近入会された会員の皆さんも、九年母会という俳句結社の持つ雰囲気を掴むことができ、日頃誌上で目にする先輩方に逢うことも出来ます。句暦が浅いことなど、何の問題もありません。俳句の世界では、年齢や職業、性別、宗教、政治的な立場などは一切関係が無く、全く平等な世界です。永年俳句の世界に居るからと言って尊い訳ではなく、句暦が短いからと言って卑下することもありません。遠慮は要りませんので、是非ご参加下さい。新しい会員の皆さんのご参加を期待しています。
2019年4月3日水曜日
新元号について
4月1日に、「令和」という新しい元号が発表されました。万葉集から採られたと云いますから、私達俳人にとっては願ってもない事です。ご存じのように、万葉集は日本最古の歌集であり、我が国が世界に誇る文学作品だからです。漢字の音を借りて日本語を記すという、画期的な方法で書かれており、天皇から農民・防人まで、様々な階層の人の歌が納められている、国民的抒情詩集です。申すまでもなく、俳句は短歌から派生した文芸であり、万葉集は俳句の故郷であるといっても過言ではありません。
西暦645年に制定された「大化」から数えて「令和」は248代目になるそうですが、特筆すべきことは、初めて我が国の古典から選ばれたと云うことです。「平成」まではすべて中国の古典である漢籍から選ばれていました。日本の古典から選ぶという方式が定着すれば、将来「奥の細道」から選ばれる可能性もないことは無い訳です。芭蕉の文章には漢籍から採った言葉が使われています。例えば、同書「壺の碑」の一節に「昔より詠み置ける歌枕多く語り伝ふといへども、山崩れ、川流れ。、道改まり、石は埋もれて土に隠れ、木は老いて若木に代はれば、時移り、代変じて、その跡たしかならぬことをのみを、ここに至りて疑ひのなき千歳の記念、今眼前に故人の心を閲す。行脚の一徳、存命の喜び、羇旅の労を忘れて、涙も落つるばかりなり。」とあります。この中から2字、例えば「徳喜」が選ばれるかも知れません。そうなれば、俳人にとっては我が意を得たり、です。荒唐無稽と笑われるかも知れませんが、将来のことは誰も分かりません。政治や経済、法律の書物ではなく、日本人の心の故郷である歌集から選ばれた事を喜びたいと思います。少なくとも、漢籍には戻らないでほしいと願っています。
ところで、今月の27日から来月の6日まで、大型連休が十連休となります。そのため26日には「九年母」5月号を発送する計画で編集作業をしていますが、郵便事情により皆様のお手元に届くのは早くても5月7日以降になります。連休の状況を勘案して対応して頂くようお願いします。また、各支部・句会の責任者の方は、この旨会員に徹底して頂くように、重ねてお願いします。
西暦645年に制定された「大化」から数えて「令和」は248代目になるそうですが、特筆すべきことは、初めて我が国の古典から選ばれたと云うことです。「平成」まではすべて中国の古典である漢籍から選ばれていました。日本の古典から選ぶという方式が定着すれば、将来「奥の細道」から選ばれる可能性もないことは無い訳です。芭蕉の文章には漢籍から採った言葉が使われています。例えば、同書「壺の碑」の一節に「昔より詠み置ける歌枕多く語り伝ふといへども、山崩れ、川流れ。、道改まり、石は埋もれて土に隠れ、木は老いて若木に代はれば、時移り、代変じて、その跡たしかならぬことをのみを、ここに至りて疑ひのなき千歳の記念、今眼前に故人の心を閲す。行脚の一徳、存命の喜び、羇旅の労を忘れて、涙も落つるばかりなり。」とあります。この中から2字、例えば「徳喜」が選ばれるかも知れません。そうなれば、俳人にとっては我が意を得たり、です。荒唐無稽と笑われるかも知れませんが、将来のことは誰も分かりません。政治や経済、法律の書物ではなく、日本人の心の故郷である歌集から選ばれた事を喜びたいと思います。少なくとも、漢籍には戻らないでほしいと願っています。
ところで、今月の27日から来月の6日まで、大型連休が十連休となります。そのため26日には「九年母」5月号を発送する計画で編集作業をしていますが、郵便事情により皆様のお手元に届くのは早くても5月7日以降になります。連休の状況を勘案して対応して頂くようお願いします。また、各支部・句会の責任者の方は、この旨会員に徹底して頂くように、重ねてお願いします。
2019年3月3日日曜日
文学としての俳句
今日は桃の節句。汀子邸での下萌句会に出席しました。兼題は「雛」「暖か」「牡丹の芽」の三題でした。いつも俳句は詩であると申しております。この句会にはホトトギス派の関西の歴々が参加されており、詩情豊かな句が投じられました。さすがに、写生のみの、いわゆる「見たまま」という句は皆無で、余情の深い句ばかりでした。
嫁ぎ来てよりの歳月雛の部屋 伸一路
女性の句だと思われたようですが、汀子選入選の今日の私の句です。自分の身の回りのことや思い出を詠んでいると、どうしても説明的になりがちです。日記ならそれでも良いでしょう。しかし俳句は文学です。感動を描く文学です。文芸作品なのです。俳句を詠むと云うことは創作活動です。指を折りながらの創作活動です。そのためには、主人公や時代設定、場所の設定等も必要で、小説を書くのと同じです。
各務支考著『俳諧十論』の中で芭蕉は「俳諧といふは別の事なし 上手に迀詐(うそ)をつく事なり」と述べています。この迀詐(うそ)とは創作ということです。見え透いた邪悪な嘘では、作者の人格が疑われますが、創作は芸術として許されます。自由自在に感性を羽搏かせ、その感動を五・七・五という定型詩に纏めて読者に読んでいただくのが、私達俳人の仕事だと思います。
嫁ぎ来てよりの歳月雛の部屋 伸一路
女性の句だと思われたようですが、汀子選入選の今日の私の句です。自分の身の回りのことや思い出を詠んでいると、どうしても説明的になりがちです。日記ならそれでも良いでしょう。しかし俳句は文学です。感動を描く文学です。文芸作品なのです。俳句を詠むと云うことは創作活動です。指を折りながらの創作活動です。そのためには、主人公や時代設定、場所の設定等も必要で、小説を書くのと同じです。
各務支考著『俳諧十論』の中で芭蕉は「俳諧といふは別の事なし 上手に迀詐(うそ)をつく事なり」と述べています。この迀詐(うそ)とは創作ということです。見え透いた邪悪な嘘では、作者の人格が疑われますが、創作は芸術として許されます。自由自在に感性を羽搏かせ、その感動を五・七・五という定型詩に纏めて読者に読んでいただくのが、私達俳人の仕事だと思います。
2019年2月5日火曜日
大きな光へ
俳句総合雑誌『俳句四季』の昨年9月号掲載分から、同誌の「四季吟詠」欄のレギュラー選者に選んで頂きました。この御縁で、今年の7月に表彰式が有ります第19回「俳句四季」全国俳句大会の選者にも選んで頂きました。またこの度は、今年の9月14・15の両日、大阪市天王寺区で開催されます、日本伝統俳句協会主催の「第30回記念 全国俳句大会」の応募句の選者の委嘱を頂きました。これらは私個人的ではなく、全て「九年母」主宰という肩書付きの委嘱です。このことは 「九年母」が全国レベルで認知されて来たことの証だと思います。兵庫県を基盤に、派手さは無くてもこつこつと努力して来た結社に、ようやく光が当たって来ました。日本伝統俳句協会副会長の大久保白村先生にも、「九年母」誌の「招待席」の御句を通じて「躍進九年母」というエールを頂きました。この折角の光が更に大きく輝くように、会員が一丸となって、俳句の道に更に精進して参りましょう。
2019年1月6日日曜日
句会始の椿事
新年おめでとうございます。といってももう5日。三が日は嵐のように過ぎ、4日には本部例会、5日には六甲道俳句講座と進み、今日は私にとって「句会始め」とでも言うべき下萌句会でした。汀子先生のお宅に午後1時に到着し、応接間に通りました。既に先生は正面のいつもの席にお座りになっておられ、句作の最中でした。横まで進んで小さくお辞儀をして御慶と退院のお祝いとを申し上げ、自席に着きました。
先生は少しお痩せになっておられましたが、血色も良くお元気そうなご様子で、ほっと安堵しました。次々に席が埋まって行き、やがて恒例のお雑煮が運ばれて来ました。螺鈿を施した蒔絵のお椀。男性は黒塗り女性は朱塗りで、見事なものです。先生から「先月は心配を掛けたがもう大丈夫だから安心してほしい」とのお話があり、全員で先生の全快を祝ってお雑煮を頂きました。
昨日の芦屋ホトトギス会では、九年母の皆さんが大活躍をされた由、参加された方からお聞きし、喜びました。私も今日の句会で、互選では振るわなかったのですが、汀子選には5句全部入選、内2句は特選に採って頂き、句評を頂戴しました。会が果てていつものように虚子館に回り、投句箱に1句を投じました。掲示板に先月分の虚子館投句の汀子選が張ってあったので見てみると、特選10句の巻頭に私の次の句が有りました。
耳当てて冬木の幹に聞く寝息 伸一路
安原葉先生や三村純也先生のお句も並んでいました。幸先の良い事と喜んだのは申すまでもありません。新年句会始めの椿事でした。皆様、今年もご健吟下さい。私も頑張ります
先生は少しお痩せになっておられましたが、血色も良くお元気そうなご様子で、ほっと安堵しました。次々に席が埋まって行き、やがて恒例のお雑煮が運ばれて来ました。螺鈿を施した蒔絵のお椀。男性は黒塗り女性は朱塗りで、見事なものです。先生から「先月は心配を掛けたがもう大丈夫だから安心してほしい」とのお話があり、全員で先生の全快を祝ってお雑煮を頂きました。
昨日の芦屋ホトトギス会では、九年母の皆さんが大活躍をされた由、参加された方からお聞きし、喜びました。私も今日の句会で、互選では振るわなかったのですが、汀子選には5句全部入選、内2句は特選に採って頂き、句評を頂戴しました。会が果てていつものように虚子館に回り、投句箱に1句を投じました。掲示板に先月分の虚子館投句の汀子選が張ってあったので見てみると、特選10句の巻頭に私の次の句が有りました。
耳当てて冬木の幹に聞く寝息 伸一路
安原葉先生や三村純也先生のお句も並んでいました。幸先の良い事と喜んだのは申すまでもありません。新年句会始めの椿事でした。皆様、今年もご健吟下さい。私も頑張ります
2018年12月31日月曜日
年頭のご挨拶
新年あけましておめでとうございます。会員・誌友の皆様は、昔風に申せば、一つ歳を取られたことになります。おめでとうございます。九年母誌は大正13年に誕生しましたので、今年で95歳となります。同い年の会員・誌友もいらっしゃると思います。戦時中の一時期を除いて営々と刊行され、今年の4月号をもって創刊以来1100号となりますので、6月には生田神社会館にて、記念祝賀会を開催すべく準備中です。その他、播水の生誕120年を記念する姫路市民俳句大会や、姫路市立文学館の特別展示などのイベントが予定されています。また、10月には摩耶山天上寺に主宰の句碑を建立する計画が進められています。
同人会に於いても新営業体制の構築が進んでおり、各地の句会との交流が実現する見通しが立って来ました。この5月には南紀の田辺市や白浜町をお訪ねし、地元の会員・誌友の皆さんと句会を催し、交流を深める予定です。この地域では5〜11歳の幼い俳人が若葉集に投句しており、今後の成長が楽しみです。
12月号でお話ししましたように、運営委員会の決議により今年の4月から会費を月200円値上げさせて頂くことになりました。皆様のご協力をお願い致します。
今年は忙しくなります。その昔ケネディ米大統領は就任演説において「国が貴方のために何が出来るかでは無くて、貴方が国のために何ができるかを考えてほしい」と述べました。今年は九年母会にとって正念場となります。会員・誌友が一致団結して着実に行事をこなして行きましょう。今年が皆様にとって良い年となりますよう祈念しまして、新年のご挨拶と致します。
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