いよいよ明日3月2日から、安部首相の要請に基づき、全国の小中高校で休校が実施されます。一部では、地元の状況から実施しないところや、時期をずらすところもあるようです。フルタイムの仕事を抱え、職場を休めない皆さんの間には、自宅での子供の生活や学習について、混乱と困惑とが渦巻いているようですが、何とか工夫して協力するしかないと思います。もう3週間ほどの辛抱です、何とか切り抜けましょう。
ところで、本日3月1日、汀子先生のお宅で句会があり、参加しました。参加者は20名。高齢の方5名は、新型肺炎を懸念して欠席投句でした。マスクを着用している方はおられず、咳・くしゃみをされる方もおられません。体調を整え、万全の準備で臨まれたのでしょう。他の人に迷惑をかける可能性があれば、潔く欠席するのが、句会に出席する者の礼儀であり務めだと思います。雑詠に出す句が無いからつい無理して、という態度はマナー違反です。
兼題は「春塵」「蜆」「燕」の三題だったのですが、「春塵」を上手く使って、新型肺炎に対する想いを詠まれた句が幾つかありました。汀子先生ご自身も、「時事になるかなと思いながら出してみた」と仰っておられました。確かに時事的かも知れませんが、時代の記憶遺産として、一句残しておくのも意味があることです。
兵庫県でも終に患者が発生したという報道が、今入りました。たとえ罹患しても発症しない様な、健康な体を保ちましょう。免疫力を高めるために、栄養のある食事を一日三度しっかり摂り、睡眠時間を十分に取りましょう。手洗いとうがいを励行し、人混みを避けましょう。大切な事は、新型肺炎に必要以上に脅えない事です。病は気から、と言います。気が病むことを病気と言います。罹らないように注意し、万が一罹ったら直す。それでよいのではないでしょうか。俳人らしく、凛とした態度でこの国難に対処しましょう。
句会や講座が休止の間、溜まっている仕事の目途が付いたら、久し振りに双眼鏡と望遠鏡を持って、野鳥たちの許を訪ねてみようと思います。人混みを避けて車で山に入り、木々の出すフィトンチッドという滅菌力のある化学物質を存分に吸入して来ます。暫くお目に掛かれませんが、お元気でお過ごしください。
2020年1月26日日曜日
第4回九年母全国新年俳句大会終了
第4回九年母新年俳句大会が1月26日、生田神社会館に全国から70名の会員誌友をの参加を得て、盛大に開催されました。源平合戦の歴史を語る箙の梅(えびらのうめ)が咲きそめる境内には時折薄日が漏れ、寒中とは思えぬ暖かい吟行日和となりました。
新推薦作家や新同人に推挙されて初めて参加し戸惑う方もおられましたが、童謡「春よ来い」の合唱など、和気藹々とした雰囲気の中で、主宰による年頭の訓示、新同人会長の挨拶、九年母賞受賞者の表彰、句碑建立功労者への感謝状の贈呈、新推薦作家・新同人の推挙の発表等の行事が執行された後、昼食を挟んで午後1時20分から、嘱目3句での句会が開催されました。
清記の回覧も極めて順調で、次々に名句が披講されました。主宰の講評にしばし耳を傾け、なるほどと頷いている内に、あっという間にお開きの時間となりました。終了後、2階のロビーに席を設けていただき、役員の皆さんや遠方から来られた方を囲んで慰労会を催しました。
初めてお目に掛かった方が沢山居られましたが、主宰がどんな人物なのか、本部の雰囲気がどんなものであるかを、理解して頂けたと思います。顔見知りになられた方も多いと思います。次は、4月19日に須磨寺で開催します「先師を偲ぶ会」です。今回同様、沢山の方がご参加下さいますようお願いします。
九年母賞を受賞された皆様、新推薦作家・新同人に推挙された皆様、句会で入選された皆様、おめでとうございました。遠方から参加された皆様、お疲れ様でした。役員の皆様、ご苦労様でした。皆様、有難うございました。(主宰)
新推薦作家や新同人に推挙されて初めて参加し戸惑う方もおられましたが、童謡「春よ来い」の合唱など、和気藹々とした雰囲気の中で、主宰による年頭の訓示、新同人会長の挨拶、九年母賞受賞者の表彰、句碑建立功労者への感謝状の贈呈、新推薦作家・新同人の推挙の発表等の行事が執行された後、昼食を挟んで午後1時20分から、嘱目3句での句会が開催されました。
清記の回覧も極めて順調で、次々に名句が披講されました。主宰の講評にしばし耳を傾け、なるほどと頷いている内に、あっという間にお開きの時間となりました。終了後、2階のロビーに席を設けていただき、役員の皆さんや遠方から来られた方を囲んで慰労会を催しました。
初めてお目に掛かった方が沢山居られましたが、主宰がどんな人物なのか、本部の雰囲気がどんなものであるかを、理解して頂けたと思います。顔見知りになられた方も多いと思います。次は、4月19日に須磨寺で開催します「先師を偲ぶ会」です。今回同様、沢山の方がご参加下さいますようお願いします。
九年母賞を受賞された皆様、新推薦作家・新同人に推挙された皆様、句会で入選された皆様、おめでとうございました。遠方から参加された皆様、お疲れ様でした。役員の皆様、ご苦労様でした。皆様、有難うございました。(主宰)
2019年12月26日木曜日
新資格者の推挙
来年1月26日に開催される九年母全国新年俳句大会にて、新同人12名と新推薦作作家9名を、主宰の名において推挙させて頂きます。該当の皆さんには既に通知状をお送りしてあります。しかし、その方々から不安の声が聞こえて来ています。果たして責任が果たせるだろうかと悩んでおられる方がおられるようです。案ずることは有りません。
同人というのは、一定の期間会員として修業を積まれ、雑詠欄などで一定基準以上の成績を安定的に収めておられる方の中から、指導的立場の方の意見を参考にして、主宰が認定するものです。九年母会の会員として認めて貰えた、誌友の立場から会員になれたということです。私はとてもその任では無いと遠慮される方が有りますが、主宰の目が適任と判断したのです。一生の宝物、遠慮なく受けられることです。
推薦作家とは、同人の中から、例えば雑詠選の巻頭を取られた方や、九年母賞や伝統俳句協会の大会等で優れた成績を上げられた方の中から、九年母会の指導的立場の人材として成長して頂けると主宰が信じるに足る方を、主宰が認定するものです。会議で決めるようなものではありません。
どちらの資格も、主宰が任意に認定するものであり、権利も無ければ義務もありません。同人の方には同人会に入会して頂き、同人会費によって九年母会を経済的に支援して頂くようにお願いしていますが、入会はあくまでも任意です。私の主宰就任前までは入会は義務となっていましたが、私はお願いするだけに留めて、同人各位の九年母会に対する愛情に任せています。九年母会を愛する同人は、是非同人会に入って支援して下さい。
逆に同人は九年母誌の「白樺集」の欄に投句出来る権利がありますが、これも任意です。推薦作家には九年母誌の「諸家近詠」欄に無審査で投句出来るという権利がありますが、これも任意であり、義務ではありません。推薦作家の会などの団体もありません。
どちらの資格も、その資格を使うかどうかは本人の任意です。使っても良し、机の引き出しに入れたままでも良し。私は、稲畑汀子先生に頂いた「ホトトギス同人」という資格をフルに活かして仕事をしています。有難い資格を頂いたと、いつも感謝しています。
今回通知状を手にされた皆様は、臆することなく前向きに使ってみて下さい。私の目には狂いは有りません。きつと役に立つと思いますよ。
同人というのは、一定の期間会員として修業を積まれ、雑詠欄などで一定基準以上の成績を安定的に収めておられる方の中から、指導的立場の方の意見を参考にして、主宰が認定するものです。九年母会の会員として認めて貰えた、誌友の立場から会員になれたということです。私はとてもその任では無いと遠慮される方が有りますが、主宰の目が適任と判断したのです。一生の宝物、遠慮なく受けられることです。
推薦作家とは、同人の中から、例えば雑詠選の巻頭を取られた方や、九年母賞や伝統俳句協会の大会等で優れた成績を上げられた方の中から、九年母会の指導的立場の人材として成長して頂けると主宰が信じるに足る方を、主宰が認定するものです。会議で決めるようなものではありません。
どちらの資格も、主宰が任意に認定するものであり、権利も無ければ義務もありません。同人の方には同人会に入会して頂き、同人会費によって九年母会を経済的に支援して頂くようにお願いしていますが、入会はあくまでも任意です。私の主宰就任前までは入会は義務となっていましたが、私はお願いするだけに留めて、同人各位の九年母会に対する愛情に任せています。九年母会を愛する同人は、是非同人会に入って支援して下さい。
逆に同人は九年母誌の「白樺集」の欄に投句出来る権利がありますが、これも任意です。推薦作家には九年母誌の「諸家近詠」欄に無審査で投句出来るという権利がありますが、これも任意であり、義務ではありません。推薦作家の会などの団体もありません。
どちらの資格も、その資格を使うかどうかは本人の任意です。使っても良し、机の引き出しに入れたままでも良し。私は、稲畑汀子先生に頂いた「ホトトギス同人」という資格をフルに活かして仕事をしています。有難い資格を頂いたと、いつも感謝しています。
今回通知状を手にされた皆様は、臆することなく前向きに使ってみて下さい。私の目には狂いは有りません。きつと役に立つと思いますよ。
2019年11月29日金曜日
九年母会の強み
九年母会の特徴は二つあります。先ず一つ目は俳句の水準の高さです。播水は虚子の直弟子であり、虚子の教えを頑なに守って九年母会の俳句の指導に当たりました。虚子が提唱した客観写生と平明余情という作句理念を高く掲げ、今で言うぶれない指導を徹底したのです。いささかも自分の考えは挟まず、虚子の教えをそのまま弟子に伝えました。
播水を継いだ哲也の時代は、その前半は播水の指導方針を堅固に守り、忠実に指導をされましたが、後半は2度に渡る脳梗塞の影響により、雑詠選の80%を4句入選が占めるなど、指導が甘くなりました。大幅な字余りの句も入選していましたが、病の成せることでした。そして、ご自分の判断で、その選を私に託されたのです。
「九年母は難しい」という評判をしばしば耳にします。確かに使われている漢字や表現が難しい。しかしそれは、播水・哲也という医師俳人が、虚子の教えを忠実に守って来たことによるものであり、時代に迎合した句を俳句と認めないのが九年母会のバックボーンであり、その事はこれからも変わりません。
二つ目の特徴は、団結力の強さです。播水の頃にうら若き乙女や青年であった会員の皆さんが、90歳を超えた今でも、九年会員として地方組織をしっかり固めていて下さる。九年母誌の毎月の、献呈先を除いた発行部数と雑詠投句者との間に100名の差がある。ということは、雑詠には投句していないが楽しみに読んでおられる方が100名おられる事になる。こんな事は、新興の結社では考えられないことです。
摂津・播磨・淡路という堅固な地盤を持つ九年母会は、たとえ俳句の世界に何が起ころうとも、地元にしっかり根を下ろして、伝統俳句の文化を守って行きます。先人たちが続けて来られた95年の歴史を絶やしてはならないのです。
播水を継いだ哲也の時代は、その前半は播水の指導方針を堅固に守り、忠実に指導をされましたが、後半は2度に渡る脳梗塞の影響により、雑詠選の80%を4句入選が占めるなど、指導が甘くなりました。大幅な字余りの句も入選していましたが、病の成せることでした。そして、ご自分の判断で、その選を私に託されたのです。
「九年母は難しい」という評判をしばしば耳にします。確かに使われている漢字や表現が難しい。しかしそれは、播水・哲也という医師俳人が、虚子の教えを忠実に守って来たことによるものであり、時代に迎合した句を俳句と認めないのが九年母会のバックボーンであり、その事はこれからも変わりません。
二つ目の特徴は、団結力の強さです。播水の頃にうら若き乙女や青年であった会員の皆さんが、90歳を超えた今でも、九年会員として地方組織をしっかり固めていて下さる。九年母誌の毎月の、献呈先を除いた発行部数と雑詠投句者との間に100名の差がある。ということは、雑詠には投句していないが楽しみに読んでおられる方が100名おられる事になる。こんな事は、新興の結社では考えられないことです。
摂津・播磨・淡路という堅固な地盤を持つ九年母会は、たとえ俳句の世界に何が起ころうとも、地元にしっかり根を下ろして、伝統俳句の文化を守って行きます。先人たちが続けて来られた95年の歴史を絶やしてはならないのです。
2019年10月1日火曜日
句碑の建立
昨年1月15日に、淡路島の大竹石材店を訪問し、「九年母」1100号記念句碑の制作をお願いしてから1年10カ月。愛媛県西条市の石材店での石の選択、俳句の揮毫などの作業を進めて来ましたが、この程文字の彫刻が終わり、近日中に、摩耶山天上寺の境内に設置される予定です。14日には伊藤浄厳貫主に開眼法要をお願いしており、法要後の本部吟行を兼ねた記念句会には約70名の方の参加申し込みを頂いています。
句碑は、天上寺の金堂脇に、「九年母」750号記念句碑と並んで建立されますが、境内の整備計画に従って、将来的には別の所に移設される予定ですが、余りに大きな石であり、移動時のお寺のご苦労が察せられます。境内には他にも播水・大馬・蕪村・青畝・多佳子・紫峡・弘子等の句碑も有り、九年母会としては3基目の句碑となります。
14日の開眼法要に続いて30日には、近隣の神戸市立自然の家にて第28回摩耶山俳句大会が開催されます。もう既に境内には藤袴が咲き始め、渡りをする蝶「アサギマダラ」が飛来しているとの事。アサギマダラに併せて新句碑も詠んで頂き、九年母1100号刊行記念事業の完成を祝って頂きたいと思います。次は5年後の100周年記念行事です。
句碑は、天上寺の金堂脇に、「九年母」750号記念句碑と並んで建立されますが、境内の整備計画に従って、将来的には別の所に移設される予定ですが、余りに大きな石であり、移動時のお寺のご苦労が察せられます。境内には他にも播水・大馬・蕪村・青畝・多佳子・紫峡・弘子等の句碑も有り、九年母会としては3基目の句碑となります。
14日の開眼法要に続いて30日には、近隣の神戸市立自然の家にて第28回摩耶山俳句大会が開催されます。もう既に境内には藤袴が咲き始め、渡りをする蝶「アサギマダラ」が飛来しているとの事。アサギマダラに併せて新句碑も詠んで頂き、九年母1100号刊行記念事業の完成を祝って頂きたいと思います。次は5年後の100周年記念行事です。
2019年9月2日月曜日
九年母賞の募集について
第4回九年母賞の締め切りの九月末日が近づいて来ました。4月号に募集要項を掲載し、同月から受付が始まりました。もう既に投稿された方も多いと思いますが、未だの方はそろそろ纏めに入って下さい。纏める時の注意事項です。漢字を間違えていないか。送り仮名は旧仮名遣いになっているか。季重なりになっていないか。字余り・字足らずになっていないか。いずれも基礎的な問題です。しかしこの基礎がしっかり出来ていないと、どんなに良い句であっても認めて貰えません。同じ土俵にすら上がれません。特に、不注意なミスは後で悔やむことになります。
播水先生の頃は、余り文法をうるさく言わなかったのか、長閑なものでした。俳句に文法なし、と言い切る人も有りました。伝統俳句協会が未だ設立されておらず、伝統的な表現について無頓着な時代だったのでしょう。哲也先生の頃には伝統俳句協会は設立されていましたが、先生が何もおっしゃらない事をいいことに、基礎を学ばず我流で俳句を詠む人が多かったのです。私は伝統俳句協会で花鳥諷詠学びました。そしてその成果を、六甲道勤労市民センターや葺合文化センターの俳句講座でお教えしました。従って、私の講座に居られた方は、文語文法が正しく出来ます。
作品が出来上がったら、何度も読み返して、ミスがないかチェックしましょう。文法に詳しい方にチェックしてもらっても良いでしょう。鶯が鴬となっていたり、蛍が螢になっていたりと、歳時記を確認すれば分かりそうなミスがあると、選者は惜しいなと思いつつも採ることをためらいます。俳句は何でもあり、では有りません。厳しい約束事を守りながら、その約束を踏まえて俳句を詠むことが出来れば、より高い満足感が得られることでしょう。皆様の九年母賞への投句をお待ちしています。
播水先生の頃は、余り文法をうるさく言わなかったのか、長閑なものでした。俳句に文法なし、と言い切る人も有りました。伝統俳句協会が未だ設立されておらず、伝統的な表現について無頓着な時代だったのでしょう。哲也先生の頃には伝統俳句協会は設立されていましたが、先生が何もおっしゃらない事をいいことに、基礎を学ばず我流で俳句を詠む人が多かったのです。私は伝統俳句協会で花鳥諷詠学びました。そしてその成果を、六甲道勤労市民センターや葺合文化センターの俳句講座でお教えしました。従って、私の講座に居られた方は、文語文法が正しく出来ます。
作品が出来上がったら、何度も読み返して、ミスがないかチェックしましょう。文法に詳しい方にチェックしてもらっても良いでしょう。鶯が鴬となっていたり、蛍が螢になっていたりと、歳時記を確認すれば分かりそうなミスがあると、選者は惜しいなと思いつつも採ることをためらいます。俳句は何でもあり、では有りません。厳しい約束事を守りながら、その約束を踏まえて俳句を詠むことが出来れば、より高い満足感が得られることでしょう。皆様の九年母賞への投句をお待ちしています。
2019年8月2日金曜日
全国大会の選
大阪市天王寺区にありホテル「アウィーナ大阪」で、来る9月14・15の両日、日本伝統俳句協会の全国大会が開催されます。「九年母」の主宰としては初めて、この大会の事前応募句の選者を拝命しました。
そして7月24日、応募句をコピーした資料が届きました。その投句数をみて驚きました。何と7490句です。それを一週間で選をせよとのこと。選句数は、特選3句、入選17句の合計20句。当選確率は、最近の銀行の預金金利並みです。一週間ということは毎日のノルマが1000句。九年母誌の雑詠欄の総入選句数が約1150句ですから、7日間、毎日九年母誌の雑詠欄を全部読む事になる訳です。
濃い字、薄い字、誤字、脱字。行書や草書や走り書き。実に様々な俳句が毎日千句、私の目の前を通り過ぎて行きました。その中でも、升目を丁寧に心を込めて埋めてある句を拝見すると、自ずと丁寧に味わいたくなりました。下手な字や個性の強い字でも、一生懸命書いておられる句には、親近感が湧きます。乱雑な字や升目を無視した乱暴な書き方の句には、あまり良い句が無かったように思います。俳句は心。選をしながら、心の美しい人の句は美しい、と感じました。
予定通り一週間で選を終えましたが、良い勉強をさせて頂きました。
そして7月24日、応募句をコピーした資料が届きました。その投句数をみて驚きました。何と7490句です。それを一週間で選をせよとのこと。選句数は、特選3句、入選17句の合計20句。当選確率は、最近の銀行の預金金利並みです。一週間ということは毎日のノルマが1000句。九年母誌の雑詠欄の総入選句数が約1150句ですから、7日間、毎日九年母誌の雑詠欄を全部読む事になる訳です。
濃い字、薄い字、誤字、脱字。行書や草書や走り書き。実に様々な俳句が毎日千句、私の目の前を通り過ぎて行きました。その中でも、升目を丁寧に心を込めて埋めてある句を拝見すると、自ずと丁寧に味わいたくなりました。下手な字や個性の強い字でも、一生懸命書いておられる句には、親近感が湧きます。乱雑な字や升目を無視した乱暴な書き方の句には、あまり良い句が無かったように思います。俳句は心。選をしながら、心の美しい人の句は美しい、と感じました。
予定通り一週間で選を終えましたが、良い勉強をさせて頂きました。
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