2015年11月27日金曜日

季題の分割

季題の分割とは聞きなれない言葉である。実は、今考えたばかりの、私の造語である。従って一般的な日本語ではない。何故こんな事を言うかというと、先日のある句会で初霜という題が出た。初霜はハツシモと4音で発音する。そうすると、初霜や、とか初霜の、とか何か助詞を付けないと、上五や下五では字足らずになってしまう。そこで悪魔の囁きが聞こえて来るのだ。曰く「初の霜」と「の」を挟んだらいいのに」と。確かに、下五を初の霜とすると、実に座りが良いのである。

そこで、私の持っている全ての歳時記に当たってみた。最大の講談社版「カラー図説日本大歳時記」を繙いても、その様な用例は見当たらなかった。やはり、初霜は初霜はハツシモとして使うべきなのだろう。

ならば初霜と初の霜とではどこが違うのだろう。私の解釈では、初霜は「初」に焦点を当てたものであり、初の霜は霜に焦点が当たっている。つまり、初の霜では今年初めて目にした驚き、感動が弱くなると思う。「の」を挟む事によって、霜の説明になってしまうのである。微妙な違いであるが、違うのだ。

秋桜とはコスモスのこと。これを秋の桜としたらどうなるか。冬の桜と言う季題も有るが、共に桜の木のことでありコスモスのことではないのである。茶の花と茶花との違いは直ぐお分かりになるだろう。色鳥は色の美しい鳥であり、色の鳥では用をなさない。逆に、秋空と秋の空は同じだ。

安易に「の」を挟むのではなく、挟む事によって季題が壊れないかどうかをしっかり見極めることが大切だ。

          初霜やマイナンバーの届きたる    伸一路