2023年10月2日月曜日

羞恥心を去る

 本部例会、本部吟行など、私が選者を務めている句会に於いては、講評が済んだ後で必ず質疑応答の時間を設けている。灘区文化センター(旧 六甲道勤労市民センター)の私の俳句講座を修了されて九年母会に入られた方は、師匠と弟子という関係から、私に対して比較的気楽に発言される。俳句に関してはゼロからのスタートであり、修行の度合いも分かっているので、仲間同士でも本音で話ができるのである。

そのため、講座を修了された会員は活発に質問されるが、それ以外の方には「下手なことを質問したら恥ずかしい」という気持ちがあるようで、なかなか質問や意見が出ず、私が「何かありませんか」と問うと一斉にうつむいてしまう。この恥ずかしいという思いを取り去らないと、質問もできず意見も言えず、疑問点が解明しないまま帰宅することになって進歩が遅れる。

私は浩洋先生の句会にいた時、先生が私の句を講評される際には「私の句です」と名乗って拝聴し、講評が終わったら必ず「有難うございました」と一言申し添えた。これを毎回繰り返していると、「さあ、何でも仰って下さい」と思うようになり、恥ずかしいという思いが消えたのである。病気の治療をお医者様にお任せするような気持ちだった。お医者様に対して、病気であることを恥ずかしいと思っていては、病気は直せない。すべてをお任せして直して頂く。このような境地になって、羞恥心を取り去ってみてはどうだろう。