先の主宰五十嵐哲也先生が誤嚥で倒れられたのが、昨年2月27日に開催された第7回永田青嵐顕彰全国俳句大会の表彰式の後の、晩餐会の席上でした。今年も2月26日に第8回の同大会の表彰式が有りました。南あわじ市長賞を受賞された杉山千恵子さん他、大勢の九年母会の方が入賞・入選されましたので、皆さんの晴れ姿を見届けるため、式典に参加して来ました。
哲也先生が倒れられた当日、九年母会関係者以外の沢山の方にお世話になりました。中には、先生のご家族が到着されるまで、病室のベッドに付き添って下さった方も居られました。晩餐会に参加された地元の選者やホトトギスの関係者、事務局の皆さんです。それらの方々に、直接お会いして、お礼を申し上げることが出来ました。来月の一周忌法要を控えて、一つ肩の荷が下りたように思います。
その後、先生は意識が戻らないまま5月に逝去され、10月には櫻夫人が後を追うように逝かれました。実に慌ただしい1年でした。九年母会の皆さんも同じ思いだったと思います。昨年に予定していました「九年母第15句集」の編纂も出来ませんでした。
しかし、来月の一周忌の法要を済ませたら、念願の15句集に掛かります。そして、立派に仕上げたものをご仏前に供え、報告しましょう。その次はいよいよ、1100号祝賀大会の準備に取り掛かりましょう。あと2年です。会員諸氏の御健吟をお祈りします。
2017年2月1日水曜日
方言の俳句
早いもので、もう2月となりました。三寒四温の日々、冴え返りつつ春に向かって季節は移っていきます。もうすぐ節分、そして4日は立春。春は一年中で最も活動的な季節。私達の体も軽快に動きます。間も無く梅も満開になります。句帳を手に自在に吟行して、佳句をお詠み下さい。
忙しい毎日が続きます。毎月の主宰のルーティンワークのほかに、先月は15日の九年母新年俳句大会、25・26日の鹿児島・出水支部訪問、29日の運営委員会と行事が続きました。三木市民俳句大会の選と、今宮戎神社初戎献詠俳句祭の選がありましたが、全て無事完了、ホッとしています。ブログに向かうのは本当に久しぶりです。ブログで勉強されている読者の皆さんには申し訳ない事です。
さて、先日ある投句者の方から、方言を使った俳句は如何だろうか、というご質問がありました。基本的には、お止めになった方が良いでしょう。俳句の可能性を拡げる、という点ではそれなりの面白さは感じますが、俳句の普遍性という観点から見ると、問題が有るからです。
俳句の普遍性とは、全国の誰が読んでも分かるという事。一地域だけで分かるのでは、町内だけで通用するようなもので、狭い俳句となってしまいます。俳句は、読者が作者の感動に共感してくれて初めて、作品としての価値を持ちます。つまり、一人合点の身勝手な句では、読者は共感してくれません。そのためには、誰でも分かるように、標準語で詠む事が大切だと思います。
この雨やほうたるなんか飛ばへんで 伸一路
文學の森社が募集した方言俳句に応募した、私の句です。廣太郎先生にも関西弁の俳句が沢山あります。
鰻やてもう昼ごはん食べたがな
確かこれも先生のお句だったと思います。関西弁は標準語に次いで、全国で通用する言葉だから分かりますが、皆さんのお住いの地方では如何でしょう。ローカル色を出す程度でいいのじゃないでしょうか。
忙しい毎日が続きます。毎月の主宰のルーティンワークのほかに、先月は15日の九年母新年俳句大会、25・26日の鹿児島・出水支部訪問、29日の運営委員会と行事が続きました。三木市民俳句大会の選と、今宮戎神社初戎献詠俳句祭の選がありましたが、全て無事完了、ホッとしています。ブログに向かうのは本当に久しぶりです。ブログで勉強されている読者の皆さんには申し訳ない事です。
さて、先日ある投句者の方から、方言を使った俳句は如何だろうか、というご質問がありました。基本的には、お止めになった方が良いでしょう。俳句の可能性を拡げる、という点ではそれなりの面白さは感じますが、俳句の普遍性という観点から見ると、問題が有るからです。
俳句の普遍性とは、全国の誰が読んでも分かるという事。一地域だけで分かるのでは、町内だけで通用するようなもので、狭い俳句となってしまいます。俳句は、読者が作者の感動に共感してくれて初めて、作品としての価値を持ちます。つまり、一人合点の身勝手な句では、読者は共感してくれません。そのためには、誰でも分かるように、標準語で詠む事が大切だと思います。
この雨やほうたるなんか飛ばへんで 伸一路
文學の森社が募集した方言俳句に応募した、私の句です。廣太郎先生にも関西弁の俳句が沢山あります。
鰻やてもう昼ごはん食べたがな
確かこれも先生のお句だったと思います。関西弁は標準語に次いで、全国で通用する言葉だから分かりますが、皆さんのお住いの地方では如何でしょう。ローカル色を出す程度でいいのじゃないでしょうか。
2017年1月3日火曜日
賀状を拝見して
新年おめでとうございます
会員の皆様には、新たな決意を抱いて、新年をお迎えのことと思います。
さて今年は、前主宰が昨年御隠れになられた事もあってか、例年に倍して賀状を頂きました。頂きましたすべての方にお返しするには用意した賀状400枚では足りず、大勢の方には申し訳ない事になってしまいましたが、お気持ちはしっかり頂きました。有難うございました。
さて、頂きました賀状で気になったことは、80台の方に多かったのですが、「もう10年早く、先生にお会いしていたら、どんなに上手になっていたことか。悔やまれてなりません」というご挨拶でした。「この10年間、何の勉強をして来たのか、と思う。句会で選んで頂いた句を雑詠選に投句して4句採って頂き、それで満足して、それでよいのだと思っていた」と私に洩らされる方が沢山居られます。
天下泰平の御代が長らく続きましたが、昨年、伝統俳句教の教えを奉じる黒船が来航、天下に緊張が走りました。そして、いち早く伝統俳句の教えを理解し、帰依し、悟った方々が、様々な機会で素晴らしい成績を上げられ、伝統俳句教の素晴らしさを示されました。受賞者の半数が当会の会員という事も、少なくなかったのです。年末には若い方々の、大活躍が伝えられました。間も無くその内容が明らかになりますが、これらは九年母の輝かしい未来を暗示するものであると確信しています。
賀状で、素晴らしいお句を拝見しました。夫々の句に、作者の決意が籠っていました。賀状の句とは、この一年の決意を述べるものだ、と思います。私は次の句を、賀状にしたためました。
大らかに明るく詠めと初御空 伸一路
この句は、私が信奉します虚子の、次の句の影響を受けたものです。
元日や句は須らく大らかに 虚子
初御空を見上げ、虚子への存問として浮かんだ句です。明るく、は哲也師の教えです。二人の恩師の教えを胸に、この一年、句に向かいます。
会員の皆様には、新たな決意を抱いて、新年をお迎えのことと思います。
さて今年は、前主宰が昨年御隠れになられた事もあってか、例年に倍して賀状を頂きました。頂きましたすべての方にお返しするには用意した賀状400枚では足りず、大勢の方には申し訳ない事になってしまいましたが、お気持ちはしっかり頂きました。有難うございました。
さて、頂きました賀状で気になったことは、80台の方に多かったのですが、「もう10年早く、先生にお会いしていたら、どんなに上手になっていたことか。悔やまれてなりません」というご挨拶でした。「この10年間、何の勉強をして来たのか、と思う。句会で選んで頂いた句を雑詠選に投句して4句採って頂き、それで満足して、それでよいのだと思っていた」と私に洩らされる方が沢山居られます。
天下泰平の御代が長らく続きましたが、昨年、伝統俳句教の教えを奉じる黒船が来航、天下に緊張が走りました。そして、いち早く伝統俳句の教えを理解し、帰依し、悟った方々が、様々な機会で素晴らしい成績を上げられ、伝統俳句教の素晴らしさを示されました。受賞者の半数が当会の会員という事も、少なくなかったのです。年末には若い方々の、大活躍が伝えられました。間も無くその内容が明らかになりますが、これらは九年母の輝かしい未来を暗示するものであると確信しています。
賀状で、素晴らしいお句を拝見しました。夫々の句に、作者の決意が籠っていました。賀状の句とは、この一年の決意を述べるものだ、と思います。私は次の句を、賀状にしたためました。
大らかに明るく詠めと初御空 伸一路
この句は、私が信奉します虚子の、次の句の影響を受けたものです。
元日や句は須らく大らかに 虚子
初御空を見上げ、虚子への存問として浮かんだ句です。明るく、は哲也師の教えです。二人の恩師の教えを胸に、この一年、句に向かいます。
2016年12月9日金曜日
「冬うらら」という季題
先日、千鳥句会の吟行で、西宮市名塩の紙漉場を訪ねました。人間国宝のご当主の饒舌は、昔と少しも変わりません。歳を取られましたが、お元気そうで何よりでした。息子さんが後継者として修業を積んでおられ、将来が楽しみです。さて、その際の句会で、次のような句が出されました。
紙を漉く人間国宝冬うらら
「うらら」は、ご存じのように春4月の季題である「麗か」の傍題です。しかし、ホトトギス新歳時記には「麗か」という季題は有りますが、「冬うらら」という季題は有りません。汀子先生は、冬には「小春」や「冬日和」という季題が有るのでこれを使うべきだ、と解かれています。
「麗か」という季題には、長閑に吹く春風の、空気の温みと適度の湿気を感じますが、「冬日和」にはこの様な長閑なイメージはありません。淡く温かい光は有るものの、冷たく乾燥した空気を感じます。つまり、「麗か」とはかなり違った季節感であり、「冬うらら」を季題とすることに抵抗があるのです。
一方、角川合本歳時記には「冬麗」という季題があり、「冬うらら」」はその傍題です。どちらが正しいという事ではありません。私はホトトギスの俳人ですので、ホトトギス新歳時記に依って作句します。従って「冬うらら」という季題は使いません。
しかし、角川合本歳時記という、現代の日本を代表する歳時記が収録しているのですから、無視することは出来ません。私は、「冬うらら」を季題とした作品であっても、優れたものであれば、選に頂きたいと思っています。
紙を漉く人間国宝冬うらら
「うらら」は、ご存じのように春4月の季題である「麗か」の傍題です。しかし、ホトトギス新歳時記には「麗か」という季題は有りますが、「冬うらら」という季題は有りません。汀子先生は、冬には「小春」や「冬日和」という季題が有るのでこれを使うべきだ、と解かれています。
「麗か」という季題には、長閑に吹く春風の、空気の温みと適度の湿気を感じますが、「冬日和」にはこの様な長閑なイメージはありません。淡く温かい光は有るものの、冷たく乾燥した空気を感じます。つまり、「麗か」とはかなり違った季節感であり、「冬うらら」を季題とすることに抵抗があるのです。
一方、角川合本歳時記には「冬麗」という季題があり、「冬うらら」」はその傍題です。どちらが正しいという事ではありません。私はホトトギスの俳人ですので、ホトトギス新歳時記に依って作句します。従って「冬うらら」という季題は使いません。
しかし、角川合本歳時記という、現代の日本を代表する歳時記が収録しているのですから、無視することは出来ません。私は、「冬うらら」を季題とした作品であっても、優れたものであれば、選に頂きたいと思っています。
2016年11月29日火曜日
小春日という季題
先日、九年母の雑詠の選をしていて、ふと通信欄に目が留まりました。そこには季題の解説の欄を設けて欲しい、とありました。確かに良いご提案です。この様な欄を設けている結社誌もあります。例えば、俳誌「雨月」では、若手の山田天さんが「季語を味わう」という1頁を設け、11月号では「亥の子」について解説されています。もう69回目となる名物記事です。
マンパワーの問題もあり、九年母でもすぐにとは行きませんが、今後の課題としたいと思います。
さて、11月に入ると「小春日」という兼題があちこちの句会で出されます。それ程この季節には親しみ深い季題なのですが、その本意がしっかり掴めているかというと、どうもそうでもないようです。
この季題と対照的な季題に「春の日」が有ります。この二つはどう違うのでしょう。そのヒントは次の句に隠されていると思います。
玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし
この季題を代表する句であり、俳人なら常識として知っている句です。この句の「玉の如き」とは何の事でしょう。それは、冬という滅びの季節を間近にした直前の、愛おしい一日の事だからです。
玉のような児を授かるという時の、玉の如き、です。晴れ上がった、暖かい一日。やがて訪れる厳寒の日を思う時、その暖かさを有難いものに思うのです。
では、小春日と春の日とはどう違うのでしょう。春の日は、湿気に富んだ暖かい日であり、夏というエネルギーが噴出する季節を間近にした、若々しい日です。この違いをしっかり押さえないと、どちらでも通用するのでは季が動きます。
乳母車集ひおしやべり園小春
ある句会で出された句ですが、「園小春」を「春日影」としたら春の句になります。そしてこの方が良いのです。何故なら、乳母車に乗った赤ちゃんは若々しい命のかたまりだからです。
窓際へ父のベッドを小春の日 伸一路
父が亡くなる直前の句です。小春日という季題の裏には、滅びという悲しさが隠されているのです。
マンパワーの問題もあり、九年母でもすぐにとは行きませんが、今後の課題としたいと思います。
さて、11月に入ると「小春日」という兼題があちこちの句会で出されます。それ程この季節には親しみ深い季題なのですが、その本意がしっかり掴めているかというと、どうもそうでもないようです。
この季題と対照的な季題に「春の日」が有ります。この二つはどう違うのでしょう。そのヒントは次の句に隠されていると思います。
玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし
この季題を代表する句であり、俳人なら常識として知っている句です。この句の「玉の如き」とは何の事でしょう。それは、冬という滅びの季節を間近にした直前の、愛おしい一日の事だからです。
玉のような児を授かるという時の、玉の如き、です。晴れ上がった、暖かい一日。やがて訪れる厳寒の日を思う時、その暖かさを有難いものに思うのです。
では、小春日と春の日とはどう違うのでしょう。春の日は、湿気に富んだ暖かい日であり、夏というエネルギーが噴出する季節を間近にした、若々しい日です。この違いをしっかり押さえないと、どちらでも通用するのでは季が動きます。
乳母車集ひおしやべり園小春
ある句会で出された句ですが、「園小春」を「春日影」としたら春の句になります。そしてこの方が良いのです。何故なら、乳母車に乗った赤ちゃんは若々しい命のかたまりだからです。
窓際へ父のベッドを小春の日 伸一路
父が亡くなる直前の句です。小春日という季題の裏には、滅びという悲しさが隠されているのです。
2016年11月8日火曜日
題について
日本伝統俳句協会では毎年「日本伝統俳句協会賞」への応募句を募集をしています。30句を一組として応募します。九年母会でも、今年から「九年母賞」を設け、20句を一組として投句を募集しました。会員の皆様のご協力により、53編の応募が有りましたが、初回としては上々の応募数だと思います。
先月中に6名の審査委員による審査も終わり、私の手元での取り纏めも終了し、順位も決定しました。来年1月号で発表し、1月15日の、生田神社会館における新年俳句大会の席で表彰する予定です。53篇、どの句も力作ばかりで、九年母作家の層の厚さを、改めて実感しました。今後、優秀作品を九年母誌で発表し、審査委員の皆さんには、審査に当たっての感想を述べて頂く予定です。
さて、日本伝統俳句協会賞でも九年母賞でも、一組の俳句の集合体に題を付けます。九年母誌には推薦作家の俳壇である「○月抄」という頁が有りますが、それぞれの作品に題がついています。今回の九年母賞の応募作品を拝見していますと、この題が出来ていない作品が散見されました。俳句のレベルは相当に高いのですが、その一組の俳句と題とがうまくマッチしていないのです。関連性が無い作品も有りました。実に惜しい事です。
題は、その一組の俳句の底に共通して流れている思いや詩情を、最大公約数のように纏めてシンプルな言葉で表現し、読者に内容を伝えるものです。その際には、自分がその一組の俳句の中で、最も重点を置いて読者に訴えたい俳句に含まれている言葉を題として使うのが一般的です。単に、一番最初の句から、あるいは最終の句から選ぶのではありません。この間違いが多かったように思います。
毎月、九年母誌の巻頭に私の句が12句、主宰の句として掲載され、招待席には一流のホトトギス同人の句と、当会を代表する作家の句とが載っています。そのいずれの作品にも必ず題が付されています。作品を鑑賞された後で、この題を味わってみて下さい。題の付け方の参考になると思います。
先月中に6名の審査委員による審査も終わり、私の手元での取り纏めも終了し、順位も決定しました。来年1月号で発表し、1月15日の、生田神社会館における新年俳句大会の席で表彰する予定です。53篇、どの句も力作ばかりで、九年母作家の層の厚さを、改めて実感しました。今後、優秀作品を九年母誌で発表し、審査委員の皆さんには、審査に当たっての感想を述べて頂く予定です。
さて、日本伝統俳句協会賞でも九年母賞でも、一組の俳句の集合体に題を付けます。九年母誌には推薦作家の俳壇である「○月抄」という頁が有りますが、それぞれの作品に題がついています。今回の九年母賞の応募作品を拝見していますと、この題が出来ていない作品が散見されました。俳句のレベルは相当に高いのですが、その一組の俳句と題とがうまくマッチしていないのです。関連性が無い作品も有りました。実に惜しい事です。
題は、その一組の俳句の底に共通して流れている思いや詩情を、最大公約数のように纏めてシンプルな言葉で表現し、読者に内容を伝えるものです。その際には、自分がその一組の俳句の中で、最も重点を置いて読者に訴えたい俳句に含まれている言葉を題として使うのが一般的です。単に、一番最初の句から、あるいは最終の句から選ぶのではありません。この間違いが多かったように思います。
毎月、九年母誌の巻頭に私の句が12句、主宰の句として掲載され、招待席には一流のホトトギス同人の句と、当会を代表する作家の句とが載っています。そのいずれの作品にも必ず題が付されています。作品を鑑賞された後で、この題を味わってみて下さい。題の付け方の参考になると思います。
2016年10月18日火曜日
季題の変遷
ある新聞社で俳句の募集があり、その選者を務めました。兼題は「夜食」で約300句の応募が有りました。
夜食と言えば、夕飯が済んだあと夜なべ仕事や勉強をし、一段落ついたところで、小腹を満たすためにパンや握り飯を食べたり、果物や菓子を抓む程度の食事であると考えて来ました。本来の夜食という季題はこれで良い筈です。しかし、選を進めるうち、この季題の中身が変わってきている、と感じました。
先ず驚いたのは、夜食をヤショクと読まず、ヨルショクと読む人が何人かあったことです。指を折って数えても、ヨルショクでないと句の数が合わないのです。確かに、私達の子供や孫たちは夕食の事をヨルゴハンと言っています。朝食・昼食と来ると、次は夕飯ではなく夜食です。従って、夜食をヨルゴハンの事だと解釈してもおかしくはないのです。
夜遅く、それも寝る前にたらふく食べてもたいじょうぶか、と思いながら選を進めていきますと、どうもこれは夕飯の事だと思い当たる句が、段々増えて来ました。そういえば、昔のように、夕飯の後で夜なべや夜業をすることはなくなりました。お勤めの方は残業で帰りが遅くなり、帰宅して食事をしますと、夕飯が昔の夜食と変わらない時間になってしまいます。
昔は裸電球を灯して土間で草鞋を編んだり、囲炉裏端で縫物をしたり、という夜なべ仕事が有りましたが、現代では、そんな光景は日本中探しても見当たりません。夜食が、労働者のわずかな楽しみであった時代とは違うのです。リオ・オリンピックの深夜の生中継を、夜食を食べながら楽しんだ、という句が沢山ありました。
時代の流れに沿って、季題の詠み方が変わっていくのはやむを得ない事です。しかし絵踏や藪入という江戸時代の季題が未だに詠まれているということは、季題の本意は時代が変わっても受け継がれていくのかもしれません。日本人の勤勉さを物語る季題として、夜食や夜なべといった季題は詠み継がれてほしいものです。
夜食と言えば、夕飯が済んだあと夜なべ仕事や勉強をし、一段落ついたところで、小腹を満たすためにパンや握り飯を食べたり、果物や菓子を抓む程度の食事であると考えて来ました。本来の夜食という季題はこれで良い筈です。しかし、選を進めるうち、この季題の中身が変わってきている、と感じました。
先ず驚いたのは、夜食をヤショクと読まず、ヨルショクと読む人が何人かあったことです。指を折って数えても、ヨルショクでないと句の数が合わないのです。確かに、私達の子供や孫たちは夕食の事をヨルゴハンと言っています。朝食・昼食と来ると、次は夕飯ではなく夜食です。従って、夜食をヨルゴハンの事だと解釈してもおかしくはないのです。
夜遅く、それも寝る前にたらふく食べてもたいじょうぶか、と思いながら選を進めていきますと、どうもこれは夕飯の事だと思い当たる句が、段々増えて来ました。そういえば、昔のように、夕飯の後で夜なべや夜業をすることはなくなりました。お勤めの方は残業で帰りが遅くなり、帰宅して食事をしますと、夕飯が昔の夜食と変わらない時間になってしまいます。
昔は裸電球を灯して土間で草鞋を編んだり、囲炉裏端で縫物をしたり、という夜なべ仕事が有りましたが、現代では、そんな光景は日本中探しても見当たりません。夜食が、労働者のわずかな楽しみであった時代とは違うのです。リオ・オリンピックの深夜の生中継を、夜食を食べながら楽しんだ、という句が沢山ありました。
時代の流れに沿って、季題の詠み方が変わっていくのはやむを得ない事です。しかし絵踏や藪入という江戸時代の季題が未だに詠まれているということは、季題の本意は時代が変わっても受け継がれていくのかもしれません。日本人の勤勉さを物語る季題として、夜食や夜なべといった季題は詠み継がれてほしいものです。
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